トスン…と。
クッションを投げつけられ、その瞬間、集中していたテレビ画面から意識を切り離された。
向けた視線の先にはどこか面白くなさそうな顔をした伊織がいて。
その表情に、白熱したサッカーの試合に夢中になりすぎて、彼をずいぶんと放ってしまっていたことに、大輔は気づく。
そんな大輔からふっと視線を外すと、立ち上がった伊織はそっけなく言葉を紡いで踵を返した。
「俺、寝るわ」
咄嗟に伸ばした腕で伊織の手首を掴み、「何で?」と問うてしまった大輔だったけれども。
それは愚問だ。
理由なんて聞くまでもない。
視線を合わせないようにそっぽを向いた伊織は、小さな嘘を口にした。
「眠いし」
「そんなこと言わないでさ。ここにいてよ?」
「却下」
「寂しいじゃん。ひとりにしないでよ?」
その言い方はずるい、と、伊織は思う。
そもそも、放っておかれたのは、自分の方だ。
睨み付けた伊織に「な?」と請いながら、大輔は彼を腕の中に抱き込んで膝の上に乗せてしまう。
腰にまわされた逞しい腕でがっちりと固定され、伊織は溜息を落とした。
勝手だ、と思いながらも、その腕のぬくもりの中から逃れることのできない自分を知っている。
「おまえ、卑怯だって、そんな言い方……」
「あと10分。それで終わるから」
拗ねたような口調とは裏腹に、背中から伝わる体温に心が満たされる自分に、俺も単純だな、と心の中で呟いた伊織は苦笑した。
大輔がテレビに集中している状況はあまり変わっていない気がするけれども、そのぬくもりが伝わってくるだけで、先ほどまでの疎外感が嘘のように抜け落ちている。
二人でいるのに一人。
その状況に寂しさを感じていたのは自分の方だ。
大輔が肩越しに見つめているテレビ画面を、伊織もぼんやりと眺めてしまう。
3対2。
このまま試合を終えれば、大輔の贔屓チームが勝利を得ることになる。力の差の均衡したシーソーゲーム。伊織には興味はなかったけれども、大輔にしてみれば目が離せない展開だろう。
仕方がない。
そう思った時点で伊織の負けだ。
「なんか俺、いいようにあしらわれてる気がする」
「そんなことないって」
「ホントかよ?」
「ホントだって!」
ふーん、と、
「仕方ないから付きあってやるよ。けど……」
「けど?」
「この試合が終わったら思いっきり俺の機嫌とれよ?」
トスン、と、肩に頭を預けた伊織に、ねだるように囁かれて。
「ああ。嫌ってくらい甘やかしてやるわ」
答えながら抱いた腕に力を込めた大輔は、やわらかく微笑みかける。
声音はすでに甘い。
この時点で、大輔の意識が試合から完全に切り離されていることに、どちらも気付いてはいなかった。
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