バタバタバタ……と。
水が落ちてくる音に気付いた芳樹が、不審そうに視線を巡らせれば………
少し前までは順調に稼働していたはずのエアコンから水が漏れ出していた。
「樹生! 樹生……っ!!」
「なんだよ」
「水! 水漏れてる」
「はぁ?」
雨が降っているわけでもなければ、水周りで水道が流しっぱなしになっているわけでもない。
意味がわからずに眉をひそめた樹生に、芳樹は単語だけでこの部屋での異常事態を訴える。
「エアコン! エアコン!!」
芳樹が指差した方を見てようやく事態を把握した樹生が目と口を丸くした。
「ありえねぇ!」
エアコンの送風口から逆流している水が、フローリングの床をポタポタと濡らしている。
バケツだ! タオルだ! と奔走し、水の流れが自然に止まるころには、二人は汗だくになって喘ぐように息をしていた。
「ってゆーか、エアコン止まってるじゃんか……」
「マジかよ……」
熱帯夜が続く真夏の夜の真っ只中。
このままエアコンなしで過ごすのかと思っただけで汗が吹き出してくる。
「あっちィ……」
スイッチを入れたり切ったりしても止まってしまったエアコンはうんともすんとも言わず、窓を全開にしてみたところで、室温よりも熱を持った空気が入りこんでくるだけだった。
「やってらんねぇ。芳樹んトコ行こうぜ」
退散だ、と、動きかけた樹生に対して、芳樹は妙に冷静に口を開いた。
「ムリだよ。俺ら、酒飲んじゃってるもん」
「あ……」
洗いざらしの髪もそのままに、アルコール片手にダラリとした部屋着で完全に寛ぎモードだ。
このまま自分の車に乗り込むのならともかく、いまから体裁を整えてタクシーを呼んで動こうという気分には、到底なれない。
しかめっ面の樹生が唸る。
「どうすんだよ。エアコン動かねぇし」
「業者呼ばなきゃムリだよ」
「こんな夜中にやってんのかよ」
「やってるわけないじゃん。明日にならなきゃムリだって」
いちいち適切な意見を述べてくる芳樹を、樹生が蹴り飛ばす。
「おまえ、ムリムリムリムリ言い過ぎだっつーの!」
「本当のことだろ! 逆ギレすんなよ!」
蹴り返しながら、大人げないよ? と日頃の自分を棚にあげ、芳樹は嫌そうな顔をする。
「…………」
反論する言葉を見つけられずに、飲みかけの缶に手を伸ばした樹生は、黙ってビールを飲み干してふてくされたようにベッドに身体を投げ出した。
「寝る」
とりあえず、明るくなればなんとかなる気がして時間をやり過ごすことにする。
目を閉じた樹生の隣に、芳樹もダイブするように飛び込んできだ。
「だったら俺も寝よ」
甘えるように言いながら、ぴったりと肌を寄せてくる。
「…………くっつくな! あっついから」
「えー。たまにはこういうのも悪くないんじゃない?」
「…………」
予想外のトラブルを楽しむかのように言ってみせる芳樹に、何故か心の内を見透かされたような気分になって、樹生は居心地悪そうに身を捩った。
「樹生?」
息苦しいほどの暑さの中で躯を寄せ合うのも、悪くはない――――と。
一瞬過ぎった思いを、芳樹は本能的に汲み取っている。
「この性悪!」
「え? 俺!? ……って、ちょっと!!」
抗議の声はこの際聞こえないことにする。
腕に馴染んだ薄い身体をぐっと引き寄せると、樹生は些か乱暴に抱き締めた。
汗にまみれ、息を乱し。
火照る躯を持て余すように身を捩らせながらも、肌を重ねて貪りあう。
どこまでも、どこまでも。
求めて止まない―――――熱帯夜。
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