「一番最初の記憶……ねぇ」
つけっぱなしのテレビから流れていた話題を受けて芳樹が過去の記憶を手繰る。
「幼稚園行きたくないって、死ぬほどゴネた……こと? かなぁ?」
瞬間的に思い浮かんだのは、三年保育の幼稚園登校初日の出来事だ。
「おまえが?」
「そ、俺が」
自身を指差す芳樹に、樹生が首を傾げる。
「イマイチ想像つかねぇよ」
かつての自分を懐かしむように笑った芳樹は、当時を思い起こす。
「子共の浅知恵でさ。ぐっすり寝てたら家に連れて帰ってもらえるんじゃないかって思って、車の中で必死で寝たフリしてたんだよ」
「ガキン時から小賢しかったんだな、おまえ」
妙な関心の仕方をする樹生の足を蹴って、言葉を続ける。
「でもウチの親、そーゆーとこ容赦ないから、荷物みたいに担がれて、泣きながらしがみつく俺をバリバリ引き離してさ。ポイってあっさり幼稚園に放り込まれてオシマイ」
「でも、ゴネたのは最初だけで、実はあっという間に馴染んでたってタイプだろ?」
「当たり」
片目をつぶった芳樹に、樹生もかつての自分を思い浮かべる。
「俺はおとなしくて天使のように愛くるしいガキだったぞ」
「自分で言うかよ?」
突っ込まれ、ひゃははは、と、何故か楽しそうな笑い声を樹生が発した。
「でも、おとなしかったのは最初だけだろ?」
「うるせ」
人見知りの激しい樹生は、新しい環境や相手に慣れるまでは確かにおとなしいけれども、馴染んだ後の遠慮のない奔放な振る舞いは、良くも悪くも周囲を振り回す。
表面的には誰とでも打ち解けるけれども、なかなか深くまでは踏み込むことの出来ない芳樹とは、ある意味真逆の対人関係だ。
「ってゆーか、樹生の一番最初の記憶って何よ?」
話を戻され、んーー? と、考え込んだ樹生だったけれども。
記憶を手繰ることを放棄して、あっさりと言った。
「いんじゃね? 一番最後の記憶がおまえだったら、俺、それでいいや」
「ちょっと待て。何だよ、最後の記憶って!」
「最後は最後だよ」
それくらいわかんねぇのかよ? と、ムダに尊大な態度で胸を張る樹生に、芳樹が噛みついた。
「ソレっておまえが俺に看取られるってことかよ?」
「だってあとから残されるのイヤじゃん」
「俺だってヤだよ!」
「……………」
「……………」
真剣に怒鳴ってにらみ合うように顔を見合わせ―――――二人は同時に吹き出した。
「っつーか、俺ら何の話してるわけ?」
「馬鹿じゃん」
笑いながら言う芳樹に、「けどさ」と樹生が紡ぐ。
「馬鹿でもいいじゃん。妥協点は俺ら、死ぬまでずっと一緒ってことでさ。で、一緒にぽっくりいくの」
「ぽっくりって……おまえさぁ、もっと言葉選べよ」
呆れたように笑う芳樹だったけれども。
こともなげに言い切って笑っている樹生の顔を見ていたら、なんだかそれが思いつきの戯言では終わらないような気がして。
まるで、誓いを交わすように厳かなキスをした。
―――――ずっと、一緒。
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