その視線に気づいたのは、いつだったのだだろう?
見られることには慣れている。
だからこそ、キミの視線が他の誰のものとも意味合いが違うってことに気づくのに、そうたいして時間はかからなかった。
切羽詰まったような、チリチリと身を焼くような、視線。
思いつめたような視線を感じたその先には、いつだってキミがいた。
だけど、振り向いたときには、キミはもう眸を逸らしてしまっていて、まるで何事もなかったような素振りを装っていた。
けれども……………
キミがその内側に封じ込めようとしていたものは、キミのその眸から滲むように溢れていたってことに、気づいていたかい?
ストイックさの対極にあるものを内に飼いながら、自制を必死で念じるその矛盾。
真摯で、まっすぐで、でも、どこか歪な感情が漲っていた。
キミが何を欲しがっているのか。
何を諦めようとしているのか。
察することは簡単だったよ。
自分で言うのもなんだけど、見られること以上に、恋愛ごとにも慣れてるからね。
キミは必死で隠そうとしていたけれども―――――悪いけど、場数が違うよ。
最初から分が悪いのはキミの方。
馬鹿だね。賢斗。
犬なら尻尾を振って欲しがってみせればよかったのに。
まぁ、そんなふうに擦り寄ってくるキミにボクが興味を持ったかと言われれば、それはわからないけど。
そう。
最初は興味本位だった。
キミの視線があまりにも必死だったから。
あまりにも余裕がなくて、あまりにも切実で。
それなのに、ボクにその視線の意味を気付かれまいと、懸命に押し殺しているキミがなんだか妙に気になって仕方がなかったんだ。
とは言っても、最初はね。
纏わりつくキミの視線が、本当に居心地が悪くて仕方なかったんだ。
突き刺さるような視線に息苦しさを感じたし、顔を逸らしてしまうキミに苛立ちを感じたりもした。
何より、そんなふうにキミの都合でボクの感情を乱されることが理不尽だとさえ思っていたよ。
だけど、内面はどうであれ無言を貫くキミに、こっちからは何も言いようがないじゃないか。
言いがかりをつけるみたいでかっこ悪いし、自意識過剰みたいに思われるのも癪に触るからね。
実害はないわけだし、キミがあんまりにも苦しそうだったから、追い詰めるのもどうかと思って放っておいたわけなんだけど―――――
その間に、キミの視線はキミの想いをボクに雄弁に伝えてくれた。
それは、キミの執着であり、恋情であり、劣情であり………
いつしか、その視線を心地よく感じてしまっている自分に、こうみえても、ボクはずいぶん驚いたんだ。
だって、考えてもみてよ。
このボクがだよ?
可愛い女の子たちの色っぽい視線よりも、痛々しいくらい余裕のないキミの視線の方が、ゾクゾクと感じるようになるなんて。
気がつけば、その視線を感じ取ろうと、全身の神経を張り巡らせていたんだ。
ありえないだろう?
ボクも大概、どうかしてると思いながらも、好奇心の方が勝った。
いや、キミの視線がボクを縛ったのかもしれないね。
もしも、その熱に浚われてしまったら。
その激しさに流されてしまったら。
いったいボクはどうなるんだろう?って。
どうしても知りたくなってしまった。
キミがボクに何をみせてくれるのか。
キミがボクをどう変えてくれるのか。
何より、キミがボクをどんなふうに愛してくれるのか。
知らずにはいられなくなってしまった。
だから―――――したたかに酔ったキミをボクのマンションに連れて来たんだ。
もちろん、最初からセックスするつもりだったわけじゃないよ?
まぁ、成り行き?
それはいったい、どんな衝動だったのか、今でもボクにはわからない。
だけど、かわいそうなくらい震えているキミの指先がボクの頬に触れた瞬間、何もかもを委ねてしまってもいいと、そう思ってしまったんだ。
なんとなくわかってはいたけど、手馴れたベッドマナーでキミの性癖は改めて確信したよ。
こっちは男同士なんてはじめてだっていうのに、そりゃあ、イイ思い、させてもらったからね。
ま、こんなこと、男の沽券に関わりそうだから、いちいち口に出して言うつもりはないけど。
実際、何から何まではじめてのことばかりで、ボクも必死だったから、正直、コトの詳細をすべて覚えているとは言い難い。だけど、キミが自分の欲望を優先させたりなんかしないで、時間をかけて丁寧にボクの躯を拓いて解してくれてたのはちゃんと伝わってきたよ。
できるだけ苦痛を取り除いて、快楽だけを追えるようにってね。
いままで肌を重ねてきた誰よりも、深く、容赦なく、貪欲に、だけど、壊れ物を扱うように繊細に丁寧に触れてきたキミ。
激しく求められている。
愛おしむように包まれている。
どちらもが矛盾なく混在し、「愛されてる」ってことを全身で感じられるようなセックスは、今までに体感したことのないような快感と悦びをボクに教えてくれた。
そして―――――ボクで達したキミの頬に伝わる涙を見た瞬間、ボクの胸の中にも震えがくるような何かが生まれたんだ。
あんなふうにエクスタシーを感じることができるなんて…………ね。
ボクはずいぶんと満ち足りた気持ちで眠りについたらしい。
そんな夜のあとにだよ?
恋愛映画みたいな甘やかな朝を期待していたわけではないけれども。
キミはどうだい。
朝になってみれば、困惑したように固まっているじゃないか。
いきなり馴れ馴れしくなられるのも興ざめだけど、それはそれであんまりだと思わないかい?
なんだか面白くなくて、ちょっとからかってみたわけなんだけど、ボクの意地悪な嘘をキミは鵜呑みにしたりなんかしなかった。
『あなたの方が俺を誘惑したんだ』
言ってくれるじゃないの。
だけど、キミはそうじゃなきゃいけない。
キミが従順なだけの駄犬だったら、こんなふうな関係にはなっていなかっただろうからね。
そして―――――
『だったら………責任、とってくださいよ』
ずっと眸を逸らし続けてきたキミが、ギラギラとした眸をまっすぐに合わせてきたあの瞬間。
ボクの中で何かが弾けて飛んだ。
それ以来、ボクの何かは壊れっぱなしだ。
それこそ、キミはどう責任をとってくれるんだろうねぇ?
どうやらボクの中にはボクの知らないボクがいたらしい。
それを引き摺り出したのは、賢斗、キミだよ。
そして、ボクの中に芽生えた、この想いは…………ねぇ、賢斗。
一体、何と説明すれば良いんだろうね?
キミなら答えを知っているのかい?
こう見えても、ボクはいま、ずいぶんと途方に暮れていたりするんだよ。
28年間生きてきた世界がひっくり返ったんだ。
そりゃあ、驚きもするだろう?
だから賢斗。
惑うがいいさ。
キミがいま、思い悩んでいることを、ボクは知ってるよ。
だけど、答えは教えてあげない。
ボクの中に生じた混乱に見合うぐらい、惑い、そして悩むがいいさ。
寝ても覚めても―――――それこそ、夢の中でもボクのことを思いつづければいい。
それが、ボクを本気にさせた代償だよ。
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