•  夏の行方  
    09






    「今年は雪、あんまり降らないね」
     去年の大雪の日を思い出し、残念そうに呟いた辻村に対して、紺野の応えはそっけない。
    「そう? 降んなくていいよ。イロイロめんどくせぇから」
     途端に辻村が頬を膨らませる。
     自分にとって思い出深い一日だった雪の降りしきるあの日のことを、軽んじられたようでおもしろくない。あの日の証はいまも小指でその存在を主張している。
    「去年は喜んでドカ雪の中歩いてたくせに」
    「そうだっけ?」
    「そうだよっ」
     裸足の足先で紺野のくるぶしを蹴って、辻村は唇を尖らせた。
     素知らぬふりで応じた紺野だったけれども、実は辻村の言いたいことは、よくわかっていた。だが、気恥ずかしさも手伝って、それを敢えてはぐらかしてしまった。
     どうしても抑えることのできなかった想いを、それでも、必死で打ち消していた冬。
     罪悪とさえ思っていた想いを小指にはめた指輪に封じて、抱えていくつもりだった。
     いつか、浄化されるその日まで。
     最初から諦めていた恋情。
     そんな想いを辻村は汲み取り、受け入れてくれた。
     奇跡のようなあの雨の日がなければ、今の自分たちはありえなかっただろう。
     抱きあって朝を迎え、こうして肩を寄せあっていられる幸せを噛み締める。
     今日は朝から紺野の部屋のベッドの中で取り留めのない話をしながら、二人は辻村の持ち込んだ雑誌を眺めていた。
    「このブルガリのネックレス、すっげえかっこよくね?」
    「いいね。おまえ、こーゆーの似合いそう」
     ホワイトゴールドの丸みを帯びたクロスは、辻村の滑らかな胸元に良く似合うだろうと、その姿を想像した紺野が頬を緩める。
    「拓哉だったらこっちのヤツかな」
     レザー&シルバーのボリュームのあるデザインのブレス。
    「あ、好き。そーゆーの」
    「でしょ?」
     辻村はどこか得意げに笑っている。
     相変わらず、こういったものの好みの傾向は良く似ている。
     そんな些細なことがほんのりと嬉しい。
     あーだこーだ言いながら最後のページまで捲った辻村が雑誌を放り投げ、うつ伏せから仰向けに態勢を変えた途端、紺野が抗議の声をあげた。
    「布団ひっぱるなよ! 俺がはみ出る」
    「引っ張ってないよ! 拓哉がデブ過ぎておさまらないだけじゃねぇの?」
     ケラケラと笑う辻村の足を、誰がデブだよ? と、今度は紺野が蹴り飛ばす。
     綺麗に筋肉のついた身体は骨太に見えるものの、実際に紺野はデブではない。
    「おまえ、何失礼なコト言ってるんだよ」
    「蹴らないでよ! 痛いってば!」
    「先に蹴ったのおまえだろ!?」
     起き抜けにエアコンのスイッチは入れてあるので、部屋の空気はあたたまってはいる。
     とは言え、二月初めの冬の朝だ。
     裸の肩が布団からむき出しになれば、それなりに寒い。
    「もっと俺によこせ!」
    「あ、馬鹿、ひっぱるなって!!」
    「そっちこそ!」
     子共のようにムキになり、布団の端をひっぱりあってぜぇぜぇとムダに息を上げながら、あまりのバカバカしさに目を合わせた二人は豪快に吹き出した。
     細かく肩を震わせていた辻村の笑いが治まったとき。
     ふいに、紺野が甘い言葉で囁いた。
    「買ってやろうか?」
    「え?」
    「さっきのブルガリ。もうすぐ誕生日だろ?」
    「…………」
     ときめかないと言えば嘘になる。
     もらえるのなら相当嬉しいシロモノだ。だが、示されている金額は、決して紺野が気軽にポン、と出せるような額ではない。
     そんなふうに言ってくれる気持ちだけで十分だと、紺野の頬に口吻けて、辻村は綺麗な笑顔をみせた。
    「ありがと。でもいいよ」
    「何で?」
    「いや、高いし」
    「そんなの気にするなって」
     もう一度、いいって、と言って笑った辻村は、いたずらっぽく片目を瞑った。
    「じゃさ。何かくれるんだったら、拓哉のドルガバのクロスプレートが欲しいな。最近、あんまりつけてないっしょ?」
     よく見てるな、と、紺野は半ば感心する。
    「それくらいなら新しいの買ってやるって」
     ブルガリとは桁が一桁違う。それでも、安いとは言えないけれども、無理な金額でもない。
     だが、辻村は首を縦には振らなかった。
    「いいの。拓哉のだから欲しいんだってば。他のは意味ないの」
     その代わり……と、小首をかしげて付け加える。
    「たくさん稼ぐようになったら、もっといいモノ、ねだるからさ」
     気をつかいやがって……と、紺野は思う。
     だが、それを押し付けがましく感じさせることのないまま、屈託なく笑う辻村が、どうしようもなく愛おしい。
     腕の中に抱き込んで、たまらず、キスをする。
     触れ合った紺野の下半身が欲望をうったえていることにうろたえて、辻村がひっくり返った声をあげた。
    「え、え、……ちょっと! 何コレ!? 何でおまえ、おっ勃ててるんだよ!?」
    「かわいいコト言うからだよ、コノヤロウ」
    「ヤラシイ言い方すんな!どスケベ!!」
    「男にとってその言葉は褒め言葉だ」
    「何言って……んぁっっ――――」
     ジタバタと暴れる辻村の秘められた場所に紺野の指先が触れる。
     夕べ、何度も突き上げられ、掻きまわされたその場所は、押し当てられた紺野の指先を、簡単に呑み込んだ。
    「ひぁっ――――!!」
     感じやすくなっている襞を押し広げるように、奥へ奥へと指が入り込んでいく。
    「まだやわらかいな、ココ……」
     小刻みに指を蠢かせながら耳元で囁かれ、たまらず、息を呑んだ。
    「――――」
     恥ずかしさに、耳まで熱を持っているのがわかる。
    「いけるよな?」
    「んっ……だめっ――――ぁぁぁっ……」
     スルリと抜かれた指に変わって、質感を伴った熱い塊が押し当てられた。
     それだけで達してしまいそうな強烈な波が全身を巡る。
     この一瞬の、触れるか、触れないかの微妙な距離感がたまらない。
    「あっ――――ぁぁっ……ん、ふぁ……」
     息が整うのを待つことなく、入り込んでくる熱い楔。
     内へ、内へと浸食し、迷うことなく感じる場所を突き上げていく。
     耳を打つのはシーツが擦れる音と、声にならない喘ぎ。
     打ち付けられるたびに卑猥さを増していく、交わる音。
     空高く日が昇りきるまで、ふたりはベッドの中で睦みあっていた。






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