•  夏の行方  
    00〜プロローグ〜 





     ふわり、と。
     開け放した窓から風が舞い込んできた。
     クリーム色のカーテンが、風にそよいでひらりと揺れる。

     その風に誘われるように。

     顔に降りかかる癖のある髪が軽やかに揺らいだ。
     見れば、伏せられた睫までが微かに揺れている。

     そう。
     まるで、瞬きをしているかのように。

     わかっている。
     わかっているけれども………

     もしかして、と逸る鼓動を止めることはできない。

     その瞬間を夢見てしまいそうになる。
     その眸が静かに開かれる瞬間を。
     黒目がちな澄んだ眸が見開かれるその瞬間を。

     けれども………

     夢は幻。
     風が通り過ぎたその部屋には、再び静寂が訪れる。
     水底のような静寂が。

     ぴたり、とカーテンが動きを止めた室内で、彼はこぼれそうな溜息を飲み込んだ。

     これが現実。

     そっと絡めた指先に力を込める。
     握り返す力はないけれども。
     伝わるぬくもりに泣きたくなる。

     触れ合うその部分から、想いのありったけを流し込むように願いつづけた。
     どうか。
     どうかこの声が。
     この想いが。すべてが。
     その心に響いてくれと、切に願いながら。

     この身も、この心も、なにもかも、すべて。
     この指先から分け与えることでその眸が開くのなら、ぜんぶ、あげるから。

     だから、どうか。
     どうか、聞き届けて欲しい。
     この願いを、叶えて欲しい。


     ――――ここにいる。
         俺はここにいる。

         だから早く………

         戻ってこいよ。






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