• Crazy Chase  
    〜中篇〜 






     柴乃と悠里がいる限り、ここに来たところで諸手をあげて歓迎されることがないのはわかってはいるけれども。
     大事の前にここに立ち寄ってしまったのは、自分の甘えと弱さだと、輝夜は苦い笑いを零す。
     彼らが築いたこの城は、ひどく雑然としていて、いつだってガラの悪い言葉と理不尽な
    暴力が飛びかっているけれども、とても居心地の良い場所だった。
     だからつい、足を向けてしまう。
     息抜き、と告げたのは、あながち的外れな言葉ではなかった。
     だが、ここは自分の城ではない。
     時に都合の良いように利用することはあっても、輝夜自身が彼らの仲間に加わることや、ましてや、この場所を手に入れることなど望んではいなかった。
     自分にも自分の在るべき場所がある。
     その場所に立つことがどれだけの重責と覚悟を伴うものだとしても、最終的にそれを望んだのは自分自身だ。きっかけはどうであったとしても、いまさら背負ったものを放り投げるつもりはなかった。第一、輝夜自身が、その立場に在る自分を楽しんでしまっている。
    「輝夜様」
    「わかっている」
     自分よりも年嵩の男たちに声をかけられて冷ややかに応じる輝夜に、先刻柴乃たちに見せていたような笑顔の名残を探すことは出来なかった。
    「悪いね、蓮。巻き込むつもり、満々だから」
     意味深な呟きと共にウィンクを投げかけ、親友達の砦を後にした。





    「外で輝夜見かけたけど、なんかあったの?」
     珍しくお付のおっさんたちも一緒だったみたいだけど、と尋ねる悠里に「さぁ?」と、穂高が首を傾げてみせる。
    「俺ら、おっさんには会ってないぞ?」
    「おっさんの面倒までみきれないって」
    「輝夜なら柴乃と遊んで帰ってったよ」
    「遊んでない!」
     噛みつく柴乃を適当にあしらいながら、口々にまくし立てる穂高、聖、瀬那を飛び越えて、唯一口を開かなかった蓮に悠里は視線を向ける。
    「……ってアイツ、遊んでる余裕あるの?」
     さぁな、と、肩をすくめた蓮と悠里は、ある程度輝夜の事情に通じているらしい、と、穂高は推測する。
    「なんかもう、鬱陶しいからさ。悠里、輝夜に鉛弾一発ぶち込んどいてやってよ。じゃないと、アイツ、そのうち絶対、ウチに厄介ごと持ち込んでくるって!」
     力説する柴乃も、何かしら察するところがあるようだ。
    「それは仕事の依頼? なら本気で考えるけど?」
     物騒な言葉に真顔で応じる悠里に、柴乃は上目遣いで甘えてみせる。
    「えー。悠ちゃん、俺からも金取るの?」
    「輝夜相手のハイリスクな仕事なんだから、見合うだけの見返りがないとやってらんないよ」
    「ケチ」
    「堅実って言ってくれ。俺は自分が一番かわいいの」
     にっこりと笑って言う悠里が本気で実行するとは思わないけれども。
     うっすらと背中に寒気が走るのは、悠里との出会いが穂高にとってのトラウマになっているからだ。
     そう。
     穂高には、悠里に本気で殺されかけた過去がある。とは言え、あそこで悠里に出会わなければ、いま、こうして生きていることは叶わなかったのも事実だ。穂高の胸中には複雑な思いがある。

    『――――だったら俺が殺してあげようか?』

     直前まで捕らわれていた死の誘惑から穂高を呼び戻したのは、全身が総毛立つほど悪魔的な悠里の微笑だった。
    「おまえが言うとシャレになんないからやめとけ」
     面倒ごとはゴメンだと首を振る穂高に、コイツ、馬鹿じゃないの? とでも言いたげな冷めた目線を悠里は送る。
    「冗談に決まってるじゃん。穂高さぁ、頭固すぎるんじゃないの?」
    「だからハゲるんだって」
     ケラケラと笑う蓮に「ハゲてねぇ!」とお約束のように返せば、床に散乱したものを投げつけられる。
    「ちょっ……蓮! やめろって!! っつーか、柴乃! おまえ、これ片付けろよ」
     散らかした本人に向けた矛先は、たった一言であっさりと返された。
    「穂高やっといて」
    「何でだよ!」
     めんどくさいし……と、肩をすくめた柴乃は、足元に落ちたガラクタを穂高めがけて蹴り飛ばし、扉へと向かう。
    「どこ行くんだよ!?」
    「帰る」
     答えは明朗で簡潔。
    「仕事の話は?」
    「気が乗らない」
     瀬那の言葉を一蹴して、柴乃は事務所を後にしてしまった。
    「出たよ、B型」
     自分のことを棚に上げ、製作作業の手を止めることのないまま、聖が揶揄するように笑う。
     柴乃の勝手さを咎める者は誰もいない。その気まぐれに振り回されることには、この部屋にいる誰もが慣れている。
    「いんじゃね? 特に急ぐ仕事はないんだし」
     ほっとけば?という蓮は瀬那とカードゲームを始め、悠里は銃器の手入れに余念がない。
     そんな彼らをオロオロと見回しながら、どう考えても散らかった床を片付ける作業を押し付けられるのはやはり自分なのかと、穂高はガックリと肩を落とす。
     そもそも、協調性のある人間など、ここには一人としていなかったのだ。






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