昭和8年頃松ヶ崎小学校教員だった母は毎日市電北大路駅からは徒歩で通勤
その道中に見つけた北山3丁目の家が家族の棲家となった
4人兄弟、夏休みには手ぬぐい1本持って水源地山(妙の字の山)から登り宝が池に水遊びに出かけた
だれ一人いない農業用のため池だった
大文字の日は2階の物干台から妙法の炎一つ一つを間近に見ていた
思い出す必要もないこれらの記憶が、松雲荘の歴史と重なる
一方、私が作り出す作品は日常から離れて過ごした時間の断片、言わば柵からの解放の時の記憶と言える
日常の時間の連続を記憶する家と、日常から遊離した時間の対比
私は下鴨の家で育った時間や現在住む久世の地での時間とは別に、断続する個の時間を持って生きてきたのではないか
やがては境界を無くし溶けゆく時を迎えるのだろうか
広間の出窓に過去の収集物 床の間 ”ぬさ”120×100cm 絹 綿 違い棚 40W×30H×30pD ナイロンテグス ビーズ |
待合室の吊り花と掛物 KAC茶会 稽古茶会 |