「そういうところ、好きだよ」
他愛のないほめ言葉の一つ。
けど、私はその言葉をずっとずっと大切にして、擦り切れるほど握り締めたまま。
時折思い出すそれは、もうぼんやりとした光景しか映し出すことはないけど。
仕事で失敗をして、後輩に嫌味を言われて、同期の結婚話を聞く。
そんな日は自棄酒でもするしかない、とばかりにコンビニで季節限定のビールを購入する。
白いビニル袋に入れられたそれは、すでに水滴がつきはじめている。
足早にアパートへと歩き出す。
とどめに、郵便受けに入っていたそれをみて、膝を落としそうになった。
一本目のビールをすでに開け、二本目にとりかかりながらそれを眺める。
どこからどうみてもそれは結婚式の招待状が入っている封筒であり、そしれ私はもちろんその差出人を知っている。
「……っていうか、いきなり送りつけてくるなっつーの」
独り言を捕捉する人間はここにはいない。
首にかけたタオルで指先の水分を拭きとり、ペーパーナイフでそれの封を切る。
「やっぱり」
もちろん、それはどう考えても想像していたもので、そしてやっぱり二人の名前には覚えがある。
高校の同級生。
端的にいえば彼らはそれであって、新郎新婦になるはずの二人、である。
思わずゴミ箱に入れそうになったはがきをテーブルの上へと放り投げる。
ちらり、と視界には時間やら式場などの文字が入り込む。
あおったビールを流し込んでいく。
携帯を取り出そうとした右手を引っ込める。
誰に連絡をとったところで、返事は決まっている。
彼と彼女はとてもお似合いの二人で、そしてきっと今もお似合いの二人なのだから。
「つーか、ネイルでもしてもらうか」
消化不良になりそうなほどもやもやのあった一日をため息ともに強制終了する。
アルコールは程よく体を回り、ベッドの上に横たわりさえすればおそらくそのまま眠れてしまうだろう。
上司の叱責だろうが、後輩の揶揄だろうが、すべてすべてどこかへ流れていく。
そして、私にはやっぱり普通の朝がやってくるのだろう。
何も、変化することはないまま。
「参加、しますよっと」
枕に顔を沈め、そして半分夢の中へと落ち込んでいく。
制服の私と制服の彼。
一瞬だけはっきりと見えた彼の顔は当時のままで。
顔だけは年をとった今の私との違和感が広がっていく。
そんな夢も徐々に薄くなっていき、私は完全に寝入ってしまっていた。
次の日、腫れぼったい目を慌てて蒸しタオルで暖めるはめとなった。
丁寧に丁寧にはがきに丸の文字を書き込みながら。
もう、あの夢はみない。
でも、あなたの言葉は忘れない。
お題配布元→capriccio様
再掲載:09.22.2023./web拍手:03.09.2017
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