30 - 純血種

特定の家系にしか感染しない病が、あっという間にこの国を襲っていった。
治療法のないそれに、医師たちは首を横に振り、まじないをしているものたちも、その真っ暗な未来を思って沈黙した。
けれども、それはほんとうに限られた人たちしかかからない病であって、大多数のもの、つまるところ国民の大半は平穏そのものだった。
例え、彼らが頂点だと思わされていた人間たちの数が激しく減っていったとしても。



「……きちゃいけないよ」

すっかりやせ細った男のもとに、年端も行かない少女が歩み寄る。
飲み水の入った壺と、籠に入った果物をもちながら。

「大丈夫です、殿下」

男と同じ目の色をした少女がはにかむようにして答える。
彼女はてきぱきと、寝台の上に横たわる彼の半身を起こし、彼の体を清拭し始める。
それに抗うほどの気力も体力もなく、男はなされるままだ。

「さきほど、父、いえ、陛下が」

少女が告げる。
国王が亡くなったのだと。
そのあとを継ぐはずの彼の命もまた、ゆらゆらと弱く光をともす程度のありさまだ。

「天罰がくだったのかもしれないね」

王族やそれに連なる家のものにしかかからない病は、次々と王族や高位貴族たちを襲っていった。
今まで、その血を確かなものとして、連綿と続いてきたそれをあざ笑うかのように、その命はあっけなく散っていった。
あれほど必死で、自分たちは特別なものだとおごっていた連中ほど、みっともなくあがき、そして死んでいく。
病の前には、それは平等であった。

「殿下……」
「兄とは呼んでくれないのかい?」

落ち窪んだ目が、それでも柔らかく細められる。
少女の中で最も馴染んでいたのは彼だ。
最も高貴で、最もこの血が濃い彼は、最も半端で最も血が薄い彼女のことをかわいがっていた。
辛いことしかない王宮で、それはひと時の慰めにもなっていた。
そんな彼すら、この病は奪っていってしまう。
まるでこの血が呪いにかかったかのように。

「ありがとう、気持ちよくなったよ」

それが、彼の言葉を聞いた最後だった。
彼が眠り、そして次々と弟妹達が消えていった。
残された少女は、主のいない王宮をひっそりと後にする。



離れた土地で、少女は支配階層がごっそりと入れ替わったことを知る。
そして旧王族たちは、奉られることなく葬り去られていった、ということも。
でも、彼女だけは覚えている。
彼の残した、言葉とともに。


再掲載:04.13.2024/update:02.29.2024




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