27 - 触れた熱だけ覚えている

 触れたのは一瞬。
手袋越しで、役目として彼女の手を取った、その時だけ。
きんと冷えた空気の中、まるで戦場に赴くかのような表情で、あなたは歩いていった。



「いいかげん、あきらめたら?」
「そんなのじゃない」

同僚の、いつもの説教が始まる。 彼女は同期で、気がいいやつで、そして気安い口を聞いてくれる。
どちらかというと異性に怖がられる体格の自分にも、恐れずに話しかけてくれるのはとても助かる。
だが、この説教だけは承認することはできない。

「はぁ、あのね、あんたがそうやって無茶な飲み方するのなんて、あの方絡みじゃない」

だけど、本当のところはそういうことで、だけど声に出して認めてはいけない。
あの方は、あの人は、この国で最も尊い女性の一人、なのだから。

「おめでたいことじゃねーか」
「そりゃあおめでたいことよね」

この国の後継ぎの王子夫妻に子どもができる。
それも男児。
こういう制度の国で、これほどめでたいことはない。
先代あたりまでは不安定だった国々の関係も落ち着き、国内はとても穏やかだ。
そして華やかで、理性的なふるまいの王家の方々は、余裕をもった国民たちのあこがれの的だ。
その中でも、その男児を生んだ王子妃はその華麗な容姿からとても人気が高い。
そんなことは本当に、この国の民ならだれでも知っていることだ。

「あんたもばかよねぇ」

図星であり、けれどもそれを口にはしない。
あの一瞬の邂逅から、ずっと、あの人に焦がれているだなんて。
相手は王子妃、自分はしがない末端貴族の三男。
それでも近衛騎士に選ばれたのは、上々な部類だろう。
そして、あの時どういうわけかあの人の手を取ってしまったのだけれど。

「これは、これは祝い酒だ!」

そうやってお代わりを要求する。
店のあちこちも、理由を付けて杯を重ねる連中ばかりで、周囲はいつもより雑然としている。

「はぁ、まあいいや、付き合ってあげる」

女性にしては大柄で、けれどもやっぱりどこか華奢な部分をもった同僚が口の端を上げる。
そして豪快に、酒をあおる。
その気持ちのいい飲みっぷりに、周囲が拍手をし始める。
にっこりと、それに応え、やはり彼女もお代わりを要求している。
こう見えて彼女は酒に強い。
ちょっとからかってやろう、と酒量自慢の筋肉馬鹿どもを次々と撃沈させていくほどには。

店の外から、陽気な声が聞こえる。
それも、かこつけて騒いでいる連中なのだろう。
今日ばかりは警邏の連中もうるさくは言わないのだろう。
次々と彼女の胃に収められる酒と、周囲のもりあがり。
ふと思い出した何かを振り払い、彼女と杯を重ねる。

次の日、しれっとした彼女と、深酒をとがめられた俺。
またいつもの生活がはじまっていく。



お題配布元→capriccio
update:01.18.2024/再録02.29.2024

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