どこまでも続く白い雪は、何もかも全部を隠してくれる気がした。
私の罪も、なにもかも。
「……うん」
私の言うことなどちっとも聞いていない婚約者は、曖昧に相槌を打つ。
あくまで私的で、他愛ない会話の最中。
だからといって、ここまであからさまに蔑ろにしていい、ということはない。
同じぐらいの家柄で、似たような年の異性の子供がいて、親同士が仲が良い。
それで婚姻といった契約を結ばないわけはなく、私たちの婚約は物心ついたころには整っていた。
私にとっては初めて親しく付き合った異性であり、彼にとってもそれは同じことだと信じている。
どういう意味かも分からず交際を重ね、今の私は十分にそのことを理解している。
信頼と、親愛と。
私はその二つを彼に抱いている。
色気がない、と言われるかもしれないけれども、少なくとも信頼というのはこれから先の長い人生を思えば重要なものだ、と思う。
そして、それは彼の方からも寄せられているのだと信じて疑ったこともなかった。
それが崩れてしまったのはいつのころだったのか。
彼はそれを必死に隠す。
ときおりまろびでる彼の言葉に、私の心にさざなみをもたらせていく。
ちりちりと、けれども今までには決して感じたことのないようなそれ。
絶対的な婚約者だと、ずっと信じてきた彼に抱いてはいけない気持ち。
誰にも言えず、友人たちにもこぼせず。
私と彼が順調であると信じて疑わない両親にも言えず。
でも、彼は私といても上の空になることが多くなっていく。
辛くて、辛くて。
その気持ちがどこからくるのかもわからなくて。
原因からもかたくなに目をそらして。
それを指摘されたのは、それからすぐのことだった。
彼と、仲の良い彼女。
その存在をからかうように、私とは疎遠な家柄の女性が私に告げる。
表情すらくずさず、曖昧に、でも見下すように告げた女性に視線を注ぐ。
どこからどうみても余裕があるように。
それはずっと、母から、義理の母になる女性から習ってきた所作だから。
私が反応しないことがおもしろくなかったのか、その女性はすぐさま去って行く。
私の中のささくれを、とてもとても大きくしていきながら。
雪が降る季節になる。
あと二度ほどこの景色を見れば、私と婚約者は結婚をする。
それは決められたこと。
異議を挟む余地もなく、両家の関係はそれをもってより強固となる予定だ。
王都よりもより雪が降る領地へと赴く。
もうここへ来ることもほとんどないのかと思うと、感慨深い。
窓の外には、すでにうっすらと雪が積もっている。
そこに小動物の足跡だろうか、何かが走り去った跡がある。
ぼんやりとそれらを眺めながら、ほう、とため息をつく。
家の名を使って呼び出した彼女は、どこかおびえていた。
堂々と、婚約者のいる相手と親し気に過ごしていた人間とは思えないほどに。
学園を卒業すれば、おそらく交わることのない相手ではある。
まるで育ってきた経歴がことなり、そこが彼女の魅力となって周囲に映っているのだろう。
それもこれも視野を広げるため、という学園の趣旨には沿っている、のかもしれない。
私の婚約者がからめとられなければ、という条件は付くのだけれど。
噛んで含めるように、家の名を搦めて告げれば、彼女は恐る恐る頷いた。
そして、彼女は彼の周りからはいなくなってしまった。
突然の別れに、戸惑い立ち止まったままの婚約者を置いて。
彼と、私は結婚するのだろう。
もう、それは決まったことで、変えることはできない。
私のこの気持ちすらも。
そのあとから降り積もる雪で、小動物の足跡は消えていく。
私の心も、消え去ってくれればいいのに。
再録:10.28.2023/update:10.13.2023