凛とした彼女は、端正に整えられたそれではなく、のばらのように力強く、また艶やかなものだった。
彼女にとらえられた瞬間は、忘れることはないだろう。
それは、決して知られてはいけない、ということも。
少しぼんやりとした風情の婚約者が、こちらに視線を向ける。
家系独特の紫色の目が、こちらを捉える。
どこからどうみても美しい彼女は、さしずめ芸術家が魂を込めて作り上げた芸術品のようだ。
そこには畏怖の気持ちさえわいてくる。
存外とのんびり屋で、甘いものが好きで、庶民が読むような本を好む、ということを知っているけれど。
それは、彼女にとって魅力の追加でしかなくて、彼女のような存在が自分の婚約者だということを誇らしく思わなくてはいけない。
笑顔を、形作る。
気取られてはいけない。
目の前に座る婚約者が、他の誰かならよかったのに、なんて思ってしまっていることを。
彼女は、僕の前に現れて、少しだけやりとりをして去って行った。
そもそも、彼女と僕の住む世界は違う。
それは上から目線でも大仰な言い方でもなく、れっきとした事実だ。
僕はこの国を導いていかなくてはいけないし、国のためにこの身を捧げなくてはいけない立場だ。
そのときに寄り添ってくれるのは、目の前の婚約者でなければいけないし、彼女はそれに足る人間であろうと努力している。
さしずめ、同士のような関係には、それでももちろん情はある。
女性として、愛しているのかと問われれば、即答できないありさまではあるのだけれど。
帰り際に彼女の髪をなでる。
確認するように、忘れ去る様に。
のばらのようなあの人を、もう思い出さなくなるように。
呪文のように繰り返し、繰り返し。
再録:10.13.2023/update:10.07.2023