まるで王子様のように、実際に王子様なのだけど、私に微笑みを向ける。
目の前の優美な男性は私の婚約者で、彼の前に座って茶器を手にする私は彼の婚約者。
婚約者同士ならあたりまえのような茶会は、いつからか私にとってつらいひと時となってしまった。
彼は私のことを尊重してくれている。
誉めてくれて、認めてくれる。
けど、愛してはくれない。
彼の愛は、ただ一人、私ではない誰かに注がれている。
それは決して周囲に気が付かれてはいないのだけれど。
でも、私は知っている。
私は彼のことを愛しているから。
事務的な、それこそお互い都合がよい、というだけで整った婚約。
そんなことはこの国のこの立場の人間にとってはあたりまえのこと。
幸いなことに、初対面から私は彼に好意を抱き、彼は私のことを嫌いではなかったはずだ。
同じ目的をもった、いわば同士のような私たちは、常に寄り添い協力し、月日を過ごしていった。
その間に、私は情ではなく愛を、彼にいだいてしまっていた。
それが、こんな風な気持ちにさせることなど予想すらせずに。
「大丈夫?」
少しぼんやりとして、彼に心配させてしまう。
そういうところは、本当に彼はよくできている。
信頼とわずかばかりの情しかない私に対しても、彼のやさしさは発揮される。
それがこんなにも辛いことだなんて知りもしなかった。
「ごめんなさい、昨日少し夜更かししてしまったの」
あたりまえのように、さらりとかわす。
私が思っていることは彼にばれてはいけない。
彼が誰かを思っているかを、私が知らないふりをしているように。
日常の、何気ない会話のやりとりをして、その日のお茶会は終了した。
次の約束をわざわざすることもなく、私は彼の前を立ち去る。
私と彼の日程はすべて調整されている。
不規則な何かが起こらない限り、それは訪れ、私はまた彼とお茶を飲むのだろう。
帰り際に、彼は私の頭を優しくなでる。
まるで愛されているかのように。
振りほどきたくて、そんなことはできなくて。
精一杯微笑んだ。
彼が、私を愛してくれているのだと、錯覚をしたままでいたあの日を思い出しながら。
再録:10.13.2023/update:10.07.2023