17 - ごめんもう二度と、

 きらきらと、その髪色が光を反射させながら、彼女は踊りの輪に入って行った。
隣には僕がいた。
そう、ほんの少し前の現実に、僕は打ちのめされそうになる。


彼女との婚約は、親同士の繋がりと、それなりに釣り合いのとれた関係だった、ということにつきる。
こういう家に生まれたからには、それは当たり前のことで、別に僕が何かを思うことはなかった。
たぶん、それはきっと、彼女の方もそう思っていたことで、今思えば僕はずいぶん思い上がっていたんだ。
幼馴染の穏やかな関係、性別の違いを意識してからの少しいびつな関係、そして大人になる前の繊細な関係。
それを共に超え、僕と君は同じ方向を向くはず、だった。

隣国からやってきた留学生。
彼女はとても先進的で、僕の目には新鮮に映った。
彼女の発する言葉一つ一つが目新しくて、それに引き換え、この国のなにもかもを古臭く感じてしまう。
それは、国の成り立ちや、歴史、そして政治機構の違いを全く考慮しないまま、何もかもを受け入れてありがたかっていた、ただ熱病のようなものだったのだけれど。
だから、僕は、控えめで僕の言葉に一つの否定もこぼさずに、ただただ半歩後ろを従っているような彼女のことを、何の根拠もなしに見下してしまったのだ。
彼女は、そうやって育てられ、そしてこの国ではそれが最高の淑女だとほめそやされる資質だというのに。


「……で?」
「申し訳ございません、私では少し」

彼女とのやり取りを思い浮かべる。
何かを問い、そして彼女は曖昧に微笑みながらそう答える。
そんな退屈で、意味のない会話に嫌気がさし、僕は彼女と会う時間を減らし始める。
それでも彼女は文句の一つも言わずに、ただただ僕の言うことに従っていた。
彼女にも感情があって、僕のやっていることがどれだけひどいことだということも気が付きもせず。



徐々に歯車は狂い始める。
気が付いたのはささいなこと。
仕事をしていても、外で打ち合わせをしていても、少しだけ、ほんの少しだけうまくいかないことが増える。
相手は、彼女と同じような笑みを浮かべ、そしてそそくさと帰っていく。
商人も、役人たちも、みな同じような反応をみせる。
それが何を意味するかを全く考えていなかった。
僕は優秀で、そして留学生の彼女と活発に意見を交わす自分は、やっぱり優れた人間だと自負していたから。



留学生の彼女のほころびは、そう時を置かずにおとずれた。
多国間の貿易に関する議論、という彼女にとってはとても得意な分野での自由議論で、彼女はただただ理想論を掲げ、相手を組み伏せるがごとく強い言葉で論破することだけを繰り返す。
口ぎたない、と口について言いそうになるほど、彼女は自らの理論をつつかれればつつかれるほど罵る。
相手が、この国の高位の貴族であろうとも、幅広い地域に手を広げる商人の子どもであろうともおかまいなしに。
淑女、と呼ばれる我が国の少女たちは上品に表情を隠しながら、それでも意見を述べる男たちの耳元に何やらをささやく。
それが、彼女たち視点の有益な意見であったことなど、知らなかったのだ。
婚約者の彼女は、もうとっくに僕のことなど見限って、親戚だという男の隣にいて、静かにこの子供だましの授業を見守っていた。
教師の、手をたたく乾いた音がして、授業の終わりがくる。
満足そうな彼女と、飽きれたような周囲。
そして、現実を知った僕。

もうそれだけで、戻れないかもしれない現実を知ってしまった。



くるくると、ふんわりとした裾を持つドレスがひろがる。
彼女は穏やかな顔で相手の男を見上げながら踊る。
もう、隣には僕はいない。
謝ることもできずに、僕の恋は終わる。
もう、二度と。
たぶん僕は忘れることはできない、この恋を。



お題配布元→capriccio
再掲載:10.07.2023/update:09.26.2023




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