16 - さまよう

 一人、はしたなくも湖の水面に足先を浸す。
護衛以外の誰もいなくて、いつもならうるさく嗜めるはずの侍女も傍にはいない。
彼女ですら、先ほど私が受けた仕打ちに思う事があるのだろう。
今日は、領地で開催された私の誕生パーティーが行われている。

つまり、今もおそらくそれは進行しているのだろう。
私という主役がいないまま。

最初のダンスは、確かに婚約者と踊ることができた。
けど。
彼は私の腕からするりと逃げ出し、よく見知った誰かと踊り出す。
それは、あまりに自然で、似合いの二人で、彼の立場を忘れてしまえば、私ですら祝いの言葉が口に出そうなほど。
惨めな私は、静かにその場を離れ、ただ一人気心の知れた護衛だけをつれて湖畔をさ迷う。

彼女に、彼に悪気があるわけじゃない。
だからこそ、心の内からの思いが、お互いの手をとらせるのだろう。
そんなこと、私には関係ないのだけど。


遠くから楽団の音が伝わってくる。
まだ、彼等は踊っているのかも知れない。
乱暴に爪先から水を払いのける。


「もう帰ります」

あからさまにほっとした表情を浮かべ、護衛が私を促す。
もう、潮時かもしれない。

私は今からやらなくてはやらない説得と調整、書類仕事の山を思い浮かべてうんざりする。
この家のただ一人の跡取りとして、私は私を大事にしなくてはならないのだから。


再録:09.23.2023/update:09.22.2023





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