11 - 罪深いのはこの心でしょうか

 視線の先に目をやり、ちくりと痛む胸の何かに手を当てる。
顔は、笑っている。
けれど。

「おはようございます」

幼いころから叩き込まれた。模範となるべき挨拶をこなす。
彼はちらりとこちらに目線をよこし、かすかに笑う。
その笑顔は、先ほどまでとは違いどこか作り物めいた「いつもの」表情だ。

「お先に失礼いたします」

行きかう人々に逆らうように、ピタリと止まったままの彼と彼女を後に、私は足早にその場を立ち去る。
このまま二人を見ていれば、私は余計なことを言ってしまう。
小さいころから与えられた役割を、はみ出すことは出来はしない。



「またですの?」

諸事情で引き合わされ、友人づきあいを続けている彼女がためいきをつく。
そんな姿すら美しい彼女は、将来私の義理の姉となる存在だ。
存外と気が合い、私たちは義務以外のやりとりも交わしている。

少しだけ眉を下げ、再びためいきをつく。
友人は屋外に設置された椅子とテーブルで、友人と言い張るには少し距離の近い男女を見つめている。
彼女によく似た色合いの、男と、どこか野暮ったさが残る幼顔の女。
不似合いさが目立ちはするが、別におかしなことではない。
それが、私という婚約者をもつ男と、彼とは身分違いにもほどがある立場の女、でなければ。

じっとりとした視線をむけられたせいか、婚約者がこちらに顔を向ける。
少しだけ肩を動かし、ひきつったような顔をみせる。
そして、女との距離をあける。
その位置が不適切なものである、という自覚はあるようだ。
婚約者の実の姉である友人は、私を促しながら優雅に彼らに歩み寄る。

「ごきげんよう」

温度の感じさせない声音で、彼を睥睨する。
私は、戸惑いながら、少し後ろで彼の顔をうかがう。

「姉上」

気まずそうに視線を下げ、そしてさらに距離をあける。
それ以上動けば、椅子から落ちてしまいそうなほどに。

「やんちゃも、それぐらいにしておきなさいね」

にっこりと笑い、彼女は再び私を促す。
ちらり、と隣に座る女の顔を見る。
幼顔には似合わないほどの強い視線を返される。
ぞわり、と胸の中になにかが広がる。

黒い、暗い、何か。

叫びだしそうなほどの衝動を抑え込み、彼女に笑みを返す。

結局私が彼女に対峙したのは、これが最後となった。
彼女がどうなったのかは、わからない。
彼の家の力が働いたのか、私の家の力が働いたのか。
今までそばにいた人が、ある日突然いなくなる。何かの事情で。

私たちはそういう世界に住んでいるのだから。


再掲載:09.22.2023




Copyright © 2014- 神崎みこ. All rights reserved.