はっきりとは言わない。けれども彼は何もつけていない薬指に触れ、そしてにこやかに笑った。
それはきっと、彼には決まった人がいて、そしてその相手は私ではないということだ。
「……」
だけど察しの悪い私はそのことをわかってなどやらない。
「どうする?」
どうするもなにも、いつもやることをやった後は帰るだけだ。
甘ったるい言葉も、優しいいたわりもどこにもない。
どこまでも原始的な行動なのに、どこか機械的だ。
そして、私はそれに気がついてはいる。
「じゃあ、また連絡する」
一方的な会話で、彼は去っていく。
少しの痕跡も残らないようにして。
画面のアドレスをみて、眺める。
一人で家に帰りたくなくて、24時間営業のファストフード店に座り込む。
大してすきでもないコーヒーとポテトを頼みながら。
徐々に暗くなっていく画面に、彼の名前がぼんやりとしていく。
バッグライトをつけるように画面に触れる。
そして次の行動を促されるように画面にさまざまな選択肢が現れる。
通話をするのか、メールをするのか、ほかの事をしたいのか。
そのどれもがあてはまらなくて、軽く電源を落とす。
かばんにそれを放り投げ、冷めてしまったコーヒーをすする。
もう一度彼との唯一の通信手段がつまったそれを取り出す。
ぱっと明るい画面が目に飛び込む。
そしてまた、私はそれをしまう。
ニュースをチェックするわけでも天気をチェックするわけでも、能動的に誰かと連絡をとるわけでもなく。
空になったカップを黙視しして、重い腰を上げる。
私はまだ、彼を諦められない。
再録:09.22.2023/拍手ボタン