「で?」
おもった以上に低い声がでて、自分で自分に驚く。
待ち合わせは正午。
そして今の時間は午後二時過ぎ。
空腹もあって、私の機嫌は底抜けに悪い。
「ごめんごめん、ちょっと寝坊しちゃって」
悪びれた様子のない彼は、ランチタイムの過ぎたカフェでメニューに目を落としている。
すでに遅刻のことなど眼中になく、何を食べるのかで頭の中は支配されているのだろう。
目の前に、不機嫌な恋人がいることなど全く意に介さずに。
怒りを維持することに疲れた私も、とっとと注文を済ます。
ほどなくして運ばれたパスタをとりあえず摂取する。
空腹は、怒りを増幅させる。
でも、満腹になったからといって私の怒りは消えたりはしないけれど。
「どこ行く?」
三年もたてば付き合いはマンネリ化していく。
それは私も経験上知っている。
新鮮味やらはとうになくなり、そして惰性だけが残る。
もはや私が手にしているのは愛情なのか、情なのか。
それすらもわからなくなってしまったのは、初めての経験だけど。
割合と造形のよい顔を眺める。
彼は話しながら小さな画面にちらちらと意識が吸い寄せられている。
あたりまえの光景だが、私にとっては不愉快だ。
そんな思いを振り払うかのように、行きたい箇所を考える。
「あ、わりぃ、ちょっと誘いがあったからそっち行って来るわ」
わけのわからない言葉を残して、彼はあっという間にどこかへ消えてしまった。
伝票と呆然としたままの私を残して。
悲しいかな、ないがしろにされることに慣れた私は、あっという間に気を取り直して立ち上がる。
彼の分の支払いも済ませると、行きたかったショップへと向う。
彼氏がいるのに、独りの行動が身に染みすぎている。
「……だれ、これ?」
ショップの鏡に映った自分に愕然とする。
目の下の隈はしっかりと居座り、お高いファンデーションでも隠せないほど顔色の悪い貧相な女、が鎮座していた。
心なしか髪にも艶はなく、もちろん肌はしっかりと緩んでいる。
こんなおばさん、知らない。
手に取った商品を慌てて戻し、愛想笑いをしながらショップを後にする。
ドラッグストアのサプリコーナーに駆け込む。
サプリを手に取りながら、効能を心の中で読み上げていく。
食事にだって気を抜いていないし、仕事は順調だ。
けど。
いくつかのサプリをカゴに放り投げ、レジへと向う。
プラシーボでもないよりはましだろう、それぐらいの気持ちで。
若くてかわいい店員さんが、バーコードを読み取っていく。
きらきらと眩しくて、そして自分にもそんな時代があったはずだと懐かしむ。
そして唐突に、何かが浮かんでは私の中にすとんと落ちた。
一番のストレッサーを切り離せばいいのではないか、と。
清算を済ませ、なんの反応もないケータイを取り出す。
私からリアクションをしなければ、あの男とはつながりもしない、という事実を確認する。
そして、切り離しても自分の生活は何もかわらないという現実も。
気分が上昇して、行きつけの居酒屋へと向う。
グラスに映った自分は、少しだけ艶がある、ような気がした。
05.16.2016再録/02.18.2016