「似合わないの、わかってるよね?」
にっこりと笑った顔は、確かに整っている。
適度に今風の髪型と、崩しすぎない制服を着た彼女は、たぶんきっと私なんかよりずっと「もてる」女の子なんだろう。
聞き慣れた言葉をスルーしながら、適当に笑い返す。
今の私は、そんな言葉程度で揺らぐほど弱い女子じゃない。
私が全く態度を変えないせいなのか、少しいらだった彼女は、突然手を振り上げてきた。
乾いた音が響き、今まで暴力とは縁遠かったであろう彼女の方が驚いた顔をして走り去っていった。
残されたのは無意味にたたかれて、頬を腫れさせた私と、興味深そうにこちらをのぞきこんでいた野次馬だけだった。
「おかえりー」
その言葉を返しながら、まじめに髪をくくっていた私が下ろしていたことを目ざとく見つける。
クラスメートで仲良しの千歳は、そういうところを見逃してはくれない。
「それ」
「あーー、うん、ちょっと」
私が誰に呼び出されて、そしてどういう話し合いがあったかを知っている千歳は隠しもせず嫌な顔をする。
そして、気がつかれない程度にその原因となった彼に視線を走らせている。
「ったく、あんたも律儀に付き合わなくってもいいのに」
「無視したら無視したで結構大変だし」
上履きは隠されるのはあたりまえ。
ロッカーだって注意しなきゃいけない。
そういう小さな嫌がらせをやめさせることはできない。代わりに自衛する手段だけは覚えていった。
「でも、今度の子はこれで諦めてくれそうだよー」
能天気にほざいた私に、さらに千歳が嫌な顔をする。
千歳は、彼を好きじゃない。
いや、もっと言うと、たぶん嫌いだ。
なんとなく嬉しくて、へらりと笑う。
何かを言えば、きっと千歳は彼と別れろ、というだろう。
それを言わないのは、千歳が私のことをわかってくれているからだ。
「本当に、これだから」
全部の言葉を飲み込んで、気がつけば先生が教室へと入り込んでいた。
がやがやとした空気はぴたりと静かになる。
それにならって教科書とノートを開く。
あまり考えられそうもないけれど、それでも優等生の態を守りたい私はあたりまえの行動を崩すことはしない。
ただでさえ、私は彼には不似合いだといわれているのに、これ以上惨めな思いをしたくはないから。
「あれ?髪かわいいね」
校則には肩より下に伸ばされた髪は縛らなければいけないと書いてある。
そんなことを律儀に守っているのは少数派で、私はその数少ない中の一人だ。
優等生で、勉強ができて、でもどこまでも地味。名前の華やかさとのギャップに、からかわれることもあるほど、私はどこにでもいる目立たない生徒の一人だ。
そんな私が人と違う唯一のところといえば、それは今私に声をかけ、さらには頭を撫でている男が彼氏だということだろう。
仲がよさそうにしている私達に、あちこちから視線が突き刺さる。
唐突に付き合ってくれ、と言われてからこちら、あっという間に表舞台に引きずり出されてしまった私にも、なれざるを得ないほどだ。
いや、まだだいぶ慣れなくて胃のあたりがちりちりするけれど。
竜巻に巻き込まれたような付き合いでも、私はいつのまにか彼のことを好きになっていたし、そしてその気持ちが冷める気配はない。
顔がよくて、運動ができて、成績がよい。
そんな完璧な人が、私の彼氏だなんて未だに信じられない。
それでも、彼が私を選んでくれたのだから。
「部活行ってくる」
撫でられていた手は唐突に引っ込められ、彼はいつものように走り去っていった。
ひらひらと、綺麗な手をふりながら。
私は、彼にずっと彼の背中を追いかけていくのだと思っていた。
あの日、私と彼の糸が、完全に切れてしまうその日まで。
再掲載04.06.2016/01.28.2016
→私が手を離すまで