なんとなく二人して眺めに来た海で、黙ったまま波を見つめる。
無言、が気持ちいい関係はとっくに過ぎ去ってしまった。
隣の人は、もう私に気持ちはない。
私は、自分の気持ちが愛情なのかさえわからなくなっている。
たぶん、きっと、もうだめなのだと思う。
そんなことはわかっていたことで、だけれどもどちらも口に出せないままでいる。
それが、ただの「情」だということにも気がついている。
「……、なあ」
ようやく開いた口は、それでも言い難そうためらっている。
言葉は、いつしか波音に消えていく。
再び、静寂が訪れる。
犬の散歩をしている人や、波遊びに興じる子供たちの声すら二人には届いていないかのようだ。
「わかってる」
あれきり、すっかり口を閉じてしまった彼の代わりに私が答える。
それが、彼が欲していて、正解だと思われるものを。
「帰るか」
私に触れることなく、彼が帰宅を促す。
これで、たぶん最後だということをわかっている。
車を降りたときに言う、「さよなら」が本当のさよならだということも。
「……ごめん、もう少しここにいる。先に帰っていいから」
帰り手段すら思い浮かばず、けれどもこれ以上は無理だと感情が判断する。
彼は少しだけ驚いて、すぐにほっとした顔をした。
本当に、関係は終わってしまっていたのだと再認識する。
ずるずると関係していた時間を思い出す。
辛くて、悲しくて、でも、きっと無駄じゃなかった。
「もう、連絡しないから」
海に向って吐き出した呟きは、彼に届いたのか。
しばらくすると、聞き慣れたエンジン音が耳に届く。
ぼんやりと繰り返される波と、入れ替わっていく人を眺める。
涙は、最後まで出なかった。
もう、そんな風になる感情すら枯渇してしまっていたから。
ようやくみつけたバスの中で、私はひどく満足げな気持ちで座っていた。
じわじわと何かで満たされるように、干からびた感情が潤されていく。
携帯のある番号を消去する。
整理してあったデータすらまるごときれいさっぱりと。
何もかも、波が全てを引き受けてくれたから。
私は、また、一人で歩きだせる。
再掲載:04.06.2016/01.28.2016