40 - 名残り雪(重なる視線、届かない指先)

 雲から覗く太陽が、光をグラウンドまで運んでいる。
あちこちから同じ制服を着た男女が現れ、一箇所へと吸い込まれていく。

――今日、ようやく卒業式なのだと実感をした。

小野木に拒絶されて以来、浅見は小野木に近寄ることもできないでいた。
はじめてみた小野木の表情に、今までの自分に対する彼の態度というのは、生徒というクッションがあったがための優しいリアクションだったのだと気がついたからだ。
昨夜少しだけ降った雪は、日陰の木々の上にひっそりと積もっていた。
綺麗だ、とも、珍しい、とも思えずに浅見は淡々と周囲の行動にあわせていく。
涙ぐむ友人たちにつられ、自らも薄っすらと涙を浮かべる。
だけど、どこかで誰かを探していた。
半分心あらずな状態で、いつのまにか卒業式は終了していた。

「いかないの?」

幾人かの生徒に囲まれている小野木の方を指差し、クラスメートが浅見に問う。
あれほどまでに熱心に付きまとっていたことを知っている彼女たちは、当然浅見が一番に小野木の元へ行くのだろうと思っていた。
いつしかぱたりとやんでしまった付き纏いも、受験からくる心理変化だと思っていたのかもしれない。
彼女たちは、浅見と小野木のやり取りを知らない。
突っ走って、手ひどく拒絶されたやりとりを。

「……、ああ、うん」

遠巻きに、未練がましく視線を送るぐらいなら、行動してしまえばいい。
以前の自分ならば、それができたはずだ、と。
全く動こうとしない両足を見下ろす。

「写真ぐらいとれば?」

代わる代わる二人の写真、とやらを小野木と見知らぬ女子生徒たちがとっている。
イベントじみたそれらのやりとりは、悲壮感を全く感じさせない。
彼女たちにとって、小野木はただの顔のよい一教師なのだろう。
――私とは違う。
そんな気持ちが湧き上がる。
憧れ、という単語に詰まりきるほどの思いではない。
一過性のものだろう、と切って捨てられた思いは、いまだにずっと燻ったままだ。

誰か、が浅見の視界にひっかかる。
それは、周囲に華やかな雰囲気を振りまいている女子生徒たちの一群だった。
真面目そうな外見で、少しだけ顔がよくて、そして少しだけ小野木と仲がよい女子生徒。
そんな彼女が、その中にいる。
彼女は小野木の方へと近寄りもせず、クラスメートたちと笑いあっている。
小野木が、少しだけ少女、国沢綾乃に視線を向ける。
一瞬だけ、二人の視線がぶつかった気がした。
それは本当に僅かな時間で、小野木をじっと見つめていた自分しか気がつかなかっただろう。
心臓が跳ねた。
そのやりとりだけで、何かがわかったような気がした。

「あー、やっぱり写真ぐらいとりたいや」

空元気に口に出してみれば、あっという間に友人たちに連れられ、大好きな小野木が目の前にいた。
順番どおりに、小野木と写真をとる。
なんの色もない瞳に見下ろされ、本当に自分の恋は終わったのだと自覚する。
まともに、告白一つできないままで。

「ありがとうございます」
「卒業おめでとう」

素っ気無いやり取りを最後に、浅見は小野木から離れていった。

卒業式の間に、薄っすら積もった雪は消えていってしまった。
誰かの、恋心とともに。


再掲載:03.02.2016/11.25.2015
重なる視線、届かない指先




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