38 - 野ばらの棘(重なる視線、届かない指先)

 思い人の半歩後ろを歩く。
触れられそうで、触れられない距離は、おそらく縮まることがないのだろう。
艶やかな髪に触れたくなって、伸ばした手を引っ込めた。
ちくりと何かが指先に刺さったような気がして。

「綾乃さん、さぁ、好きな人とかいるの?」

曖昧な、逃げ場を作ったような言葉を口にしたことを、即座に悔いる。
けど、放たれた言葉はなくなってくれることはない。
確実に綾乃へと届き、彼女からはよりいっそう険がある返事がもたらされる。
ぴしゃりと線を引かれ、それ以上どころか今の距離でさえ否定されたようだ。
驚いて、おどけながら自分の教室へと帰る。
諦めた気持ちと、諦めきれない心をひきずりながら。



 国沢綾乃が気にかかるようになったのは、彼女が適度に「浮いている」生徒だったからだ。
華やかな容姿の友人たちと戯れている姿と、一人でぽつんと座っている姿。
そのどちらも彼女には違いないのに、そのギャップにやられてしまったのかもしれない。
気になってからは、どんどん彼女のことが視界に飛び込んできた。
それはもちろん、自分が意識的にそちらへと視線を向けていた、ということを自覚しているけれど。
異性にもてそうで、だけれども特定の相手はいない。
そんなことがわかったところで、自分が彼女のそばにいけるわけではないことはわかっていた。
国沢綾乃という少女は、誰も寄せ付けるそぶりさえ見せてはいなかった。
だから、安心していたのだ。
誰のものにもならないのなら、と。

「あれ?とうとうちゃんと振られたの?」

全く脈がないことがわかっていた友人たちから声がかけられる。
自覚はしているけれども、それが他者からもたらされれば重みが違う。

「……違う、とは言い切れないんだけど」

ここでもまた、言葉を濁す。
あれほどはっきりとした拒絶の言葉を吐かれてもまだ、すっぱりと割り切ることはできない。

「確かに顔はかわいいけど、なんかちょっと暗くない?彼女」

体育会系の中心にいて、常に晴れやかな友人は国沢のことを気に入ってはいない。
物静かな外見で、図書室で本を読んでいるのがお似合いの国沢と、目の前の男はどうがんばっても接点すら浮かばない。

「それに体型だって」
「黙れ」

それ以上聞きたくなくて、反射的に遮る。
言い過ぎたことを自覚はしているのか、少しだけ気まずそうな顔をして、すぐにまたいつもの笑顔に戻る。

「まあ、カラオケぐらいだったらつきあうし」

そういい残して、友人は自分の席へと移動していった。
気持ちの切り替えがうまくいかないまま、無言で着席する。
一日が、始まる。

指先には棘がささったまま。



再掲載:02.09.2016/10.08.2015
重なる視線、届かない指先




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