37 - きらい?(重なる視線、届かない指先)

「あんた、まだあきらめてないの?」

ふてくされたような顔をした浅見に、クラスメートが呆れ顔で声をかける。
授業が終われば教室を飛び出し、タイミングが合えば数学教師である小野木に張り付くようになって一年はたつ。
最初は冷やかし気味にはやし立てていた彼女たちも、少々飽きてしまった様子だ。
それほど、浅見と小野木の間の距離は縮まっていない。そもそも一生徒以上に扱われたこともなければ、みなされてもいない。
誰の目から見ても明らかなほど、小野木は公正に女子生徒たちを扱っている。
割合に整った顔立ちに騒ぎ、取り巻いていた連中も、今ではかわいがってくれる他の教師へとうつろっている。
そんな中で、浅見桃子は小野木の前に立ち止まったままだ。
じれったく思う友人たちは、それぞれに他へ目を向けるように仕向けるものの、肝心の彼女はそこから動こうともしない。

「……まだ」
「無駄だと思うけど?」

とある女子生徒と噂になったことはあるが、基本的に小野木は冷淡だ。
生徒として接すれば、それなりに応答があるものの、それ以上踏み込めば容赦なく拒絶する。
もっとも、拒絶されるほど踏み込んでそれを確かめたものはまだいない。
いたとしても、それを大っぴらにするほど、彼女たちの神経は太くはない。

「やっぱ、だめかな?」

特別扱いされているような「彼女」を思い浮かべながら浅見が呟く。

「だめじゃない?やっぱ」

彼女と、自分のどこが違うのか。
相対したことがある「彼女」の顔が浮かぶ。
確かに、自分よりは少しだけ顔がかわいくて、少しだけ成績がよい。
ただ、それだけではないか、と。

「あきらめてさ、ほかに目をむけなよ」

返事もせずに黙り込む。
浅見は、資質的には決してもてないわけではないが、そのあからさまな行動に、同年齢の男子たちは一様に忌避している。
男女逆転したとして、あれと比較されるのはたまらない、という気持ちはクラスメートたちにも理解はできる。

「もうちょっと」
「あっという間に卒業しちゃうけど?」

高校時代は三年間しかない。
そのうち大半を不毛なことに費やしている友人を心配するのも当然だ。
それを、浅見も痛いほどわかってはいる。
おまけに、浅見は本当の意味では小野木に告白をしていない。
あからさまに周囲をうろちょろし、姿が見えれば大喜びする。
どこかで、今の自分が好きだと告げても、受け入れられないことをわかっている。
予防線を張るようなやりとりは、防衛本能なのだろう。

「卒業、したら、ちょっとぐらい目を向けてくれるかなぁ」

生徒、という立場がだめなのだとしたら、それがなくなってしまえばよい。
一分一秒でも長く姿をみていたい、という気持ちとは裏腹に、出来るだけ早くその立場を捨ててしまいたい。
相反する気持ちがごちゃまぜとなっている。

「忘れるんじゃん?たぶん」

それは、浅見のことを指しているのか、小野木のことを指しているのか。

「ごめん、やっぱまだ無理」

珍しく机に突っ伏した彼女の頭を、友人たちがかわるがわる撫でていく。
授業が始まる合図が聞こえ、クラスメートたちは各々の席へと戻る。

嫌いになれたらいいのに。

そんな思いが、消えない。



再掲載:02.09.2016/10.08.2015
重なる視線、届かない指先




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