36 - 伸ばした手の行方

「まあ、食べたら?」

ファミレスに呼び出しておいて、ぐずぐずと泣き続けていた私に、友達はそんなことを口にする。
素っ気無くて、少しだけ冷たくて。
だけど、その距離がとても落ち着く。

彼女の方は、私が泣いている間に全て平らげていたらしい。
食事の皿は綺麗にさげられ、のんびりとコーヒーを啜っている。

「何があったかは聞かないけど」

先回りをするように、彼女は私の愚痴の吐き出し口になることをやんわりと拒絶する。
彼女は、基本的に自分自身も愚痴を言わないタイプだ。共感してくれればいい、という女性特有のつながりもあまり必要とはしていない。
慰めてもらう、というときには一番不適切な相手を呼び出した私は、それでもこの扱いが心地よいのだ。
必要以上にウェットではなく、かといってアドバイスをしてやる、というほど能動的でもない。
勝手に突っ込んでいって、勝手に失恋した今の私には彼女のような態度がとてもありがたい。
それでも、少しは愚痴を聞いてくれるぐらいには、私のことを友達だと思ってくれているのだから。

「……ごめん」

すっかり冷めたドリアを口に運ぶ。
出来立てで普通の味は、時間がたてば格段に落ちる。

「あやまらなくてもいいけど」

ウェイトレスにおかわりを要求する。
まだ、ここにいてくれるのだと安心する。

「失恋、したんだけど」

彼女の眉がぴくりと反応する。
あまりその手の話は好きではない、というのをなんとかこらえているのかもしれない。

「まあ、自業自得だからあれなんだけど」

長く付き合った彼女がいる、ということがわかっていて粉をかけていたのは自分の方だ。
略奪、なんて重い言葉が思い浮かぶはずもなく、私は久しぶりの恋愛に浮かれていた。
ただ、純粋に大好きで、その結果がどちらになってもどういう風に転ぶかだなんて想像もしていなかった。
私が彼の恋人になるということは、今までその位置にいた女性を押し出してしまうということだ、という事実を。
結局のところ、そんなことにもならず、私はあっけなく切り捨てられたのだけど。

「好き、だったんだけど」

確かに、私は彼のことが大好きだった。
工夫して彼の周辺をうろついて、そして思いがかなった。
はずだった。

「でも、だめだったみたい」

彼はきっと、私のことなどなかったかのように恋人のところへ戻っているのだろう。
いや、最初からこちらの側へなどきていなかったのかもしれない。
彼は私の手を振り払い、そして振り返りもしなかった。

「……」

スプーンをもったまま、私はまたぐじぐじと泣き出してしまう。
彼女は呆れたような顔をして、それでも席を立たずにいてくれる。
そういうところが、私みたいな人間に縋られる要因になっているのだけど、彼女は気づいているのだろうか。

「ごめん」
「だから、あやまらなくてもいいって」

手持ち無沙汰になったのか、彼女はデザートを注文する。
それにつられて私も、新作のパフェを注文する。
冷え切って、あまりおいしくないドリアを急いで流し込む。
おいしくはない、けど、お腹が満たされていくのは少し気持ちがよい。
あれほど悲しくて、惨めだった気分が上昇していく。

新作のパフェが届いた頃には、私はすっかり泣きやんでいた。
彼女もやっぱり新作のケーキを口に運び、目元が和らぐ。

「ありがと」

私の小さな声に、彼女が小さくうなずいた。
伸ばした手が、彼女に少しだけ触れた気がした。



再掲載:01.15.2016/9.13.1.2015




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