与えられた部屋で、与えられた家で、それ以外は何も知らなくても、あたしは満足している。
欲しないようにしているわけじゃない。
あたしはただ、ここにいれば十分なのだから。
礼奈がここへたどり着いてから、ゆるやかに、だが徐々に時は過ぎていっている。
それは何かが運んだ雑誌や、幾度もめぐる季節から礼奈にでも感じることができる。
だからといって、それを外へでて確かめようとする気になったことはない。
わずかな好奇心がないとはいえないが、それも外で流行している甘い菓子類がどういったものか、といった程度のものだ。
男のもとを離れる気はまるでない。
例えそれが滅びの道だとしても。
「外、出たくねぇーのか?」
「別に」
たまに繰り返される男とのやり取りに、礼奈はつまらなさそうに答え、彼の背中に寄りかかる。
ここにいる、と決めたのは彼女自身だ。
偶然ここへたどり着き、たまたま彼の気持ち一つで生かされていただけだとしても、礼奈は自分の気持ち一つでここにある、という自負を捨てたこと、はない。
必要とされなくなるまでここにいよう。
そう決めた気持ちは揺るがない。
そこここで何かがうごめき、去っていく。
時折立ち寄り彼らをからかっていく男と同等の「何か」以外は、迷い人しか訪れない敷地で、今日も礼奈はゆるゆると男と時を過ごす。
同級生たちと他愛もないことで騒ぎ、狭い範囲で見下したり見下されたりしていた日々は既に遠い。
親しい友達どころか、親族さえいない礼奈にとって、彼はおそらく最初で最後に出来た、父であり兄であり、恋人である。
冷めた外見からは程遠いような情念で、彼に寄り添う。
「まだ、日が高いけど?」
組み敷いた男を見上げる。
感情を表さない瞳に、礼奈の姿が映りこむ。
あの時と変わらず、これからも変わらない礼奈は、それでもひどく艶を帯びている。
空っぽの顔だけはよいお人形さんだったあの頃の彼女はいない。
彼女の言葉は、男の唇によって吸い込まれていった。
お題配布元→capriccio様
→イケニエとカミサマ(小説家になろうVer.)
→イケニエとカミサマ
再掲載12.14.2013/06.06.2013