26 - 永遠に割れない卵

 今のこの気持ちはまやかしで、しばらくしたらきっといつもの私に戻る。
眠れば明日になって、明日になったらすぐに明後日になる。
そうしたら月日はあっという間にたって、やっぱりあれは嘘だったんだ、と、そう思える。
ちくちくと痛む胸に気がつかないふりをして、妹の話に付き合う。
もうすぐ花嫁になる妹は、身びいきを差し引いたとしてもとても綺麗だ。
充足感から得られるオーラは穏やかで、でも私の中のどこかがずきりと痛む。

「どっちがいいと思う?」

決めかねている電化製品のカタログを眺めながら、顔を上げずに妹が問う。
おそらく返事など期待していないのだろう。

「そういうことは旦那さんと決めないと」

いい飽きた台詞を吐けば、にっこりとした笑顔を見せる。
幸せそうで、幸せそうで、どこかでまたチクリ、と刺す。

「おねえさん、って呼ばれるのはやっぱりやだなぁ」

誤魔化すように茶化した言葉を呟く。
妹の旦那は小学校から大学までずっと同じだった、元同級生。
その縁で彼と妹は付き合い始めたのだけれど、今でもどうしてそうなったのかがわからない。
私の方が、ずっと付き合いが長いのに、と。

「うーん、それは向こうもちょっと悩んでるっぽいよ。やっぱり同級生をおねーさん呼ばわりは、ねぇ」

炊飯器のカタログに釘付けになりながら返す。
二人とも実家暮らしのおかげで、新規に買うものが多いらしい。
炊飯器一つとってみても、いる、いらない、機能性、と選択の基準は意外と多い。
どちらかといえば大らかな同級生は、そういうことは妹任せにしているようだ。

「まあ、苗字でいいんじゃない?」
「パパもママも同じでしょうが」

彼側の姓を選んだ妹は、もうすぐ苗字が変わる。
変わらない私の苗字を今までどおりに呼べばいい、と思いついたはいいが、即座に却下される。
確かに当分私は今の苗字で、当たり前だけど両親も同じだ。

「無難に名前にさん付けとか?やっぱり」

在学中一度も呼ばれたことがない下の名前を、彼の声で再現してしまい戸惑う。
そして、やはりどこかずきずきと痛む。
気がつかないふりをして押し込める。
この気持ちは、永遠に生まれてきてはいけない。
だから。

「そうね、それが無難よね」

返事を聞いているのか聞いていないのかがわからないほど、カタログに見入っている妹に呟く。
大丈夫。
私の、気持ちは、ずっとずっと奥の底に沈めておくから。



再掲載:8.6.2015/4.29.2015




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