今のこの気持ちはまやかしで、しばらくしたらきっといつもの私に戻る。
眠れば明日になって、明日になったらすぐに明後日になる。
そうしたら月日はあっという間にたって、やっぱりあれは嘘だったんだ、と、そう思える。
ちくちくと痛む胸に気がつかないふりをして、妹の話に付き合う。
もうすぐ花嫁になる妹は、身びいきを差し引いたとしてもとても綺麗だ。
充足感から得られるオーラは穏やかで、でも私の中のどこかがずきりと痛む。
「どっちがいいと思う?」
決めかねている電化製品のカタログを眺めながら、顔を上げずに妹が問う。
おそらく返事など期待していないのだろう。
「そういうことは旦那さんと決めないと」
いい飽きた台詞を吐けば、にっこりとした笑顔を見せる。
幸せそうで、幸せそうで、どこかでまたチクリ、と刺す。
「おねえさん、って呼ばれるのはやっぱりやだなぁ」
誤魔化すように茶化した言葉を呟く。
妹の旦那は小学校から大学までずっと同じだった、元同級生。
その縁で彼と妹は付き合い始めたのだけれど、今でもどうしてそうなったのかがわからない。
私の方が、ずっと付き合いが長いのに、と。
「うーん、それは向こうもちょっと悩んでるっぽいよ。やっぱり同級生をおねーさん呼ばわりは、ねぇ」
炊飯器のカタログに釘付けになりながら返す。
二人とも実家暮らしのおかげで、新規に買うものが多いらしい。
炊飯器一つとってみても、いる、いらない、機能性、と選択の基準は意外と多い。
どちらかといえば大らかな同級生は、そういうことは妹任せにしているようだ。
「まあ、苗字でいいんじゃない?」
「パパもママも同じでしょうが」
彼側の姓を選んだ妹は、もうすぐ苗字が変わる。
変わらない私の苗字を今までどおりに呼べばいい、と思いついたはいいが、即座に却下される。
確かに当分私は今の苗字で、当たり前だけど両親も同じだ。
「無難に名前にさん付けとか?やっぱり」
在学中一度も呼ばれたことがない下の名前を、彼の声で再現してしまい戸惑う。
そして、やはりどこかずきずきと痛む。
気がつかないふりをして押し込める。
この気持ちは、永遠に生まれてきてはいけない。
だから。
「そうね、それが無難よね」
返事を聞いているのか聞いていないのかがわからないほど、カタログに見入っている妹に呟く。
大丈夫。
私の、気持ちは、ずっとずっと奥の底に沈めておくから。
再掲載:8.6.2015/4.29.2015