02 - 眼鏡

「やっぱり二割増し、男前だねぇ」

自分の夫に向かってため息をつきながら言葉を吐いたのは、もちろんその夫の妻だ。

「や、わけわかん」

コンタクトはずし、手持ちの眼鏡をかけた夫は、明らかに胡散臭いものを見る視線を妻に向ける。

「うーーん、ほら、制服は五割増し、とか言うし」
「・・・・・・ナースとか?」
「や、それなんか違うし。リビドー的なそれじゃなくて」
「俺だって、別にナースに欲情なぞせんわ。あれはロマンだ」
「意味わからないし」

軽口を言い合いながら、妻はフライパンをせっせと操り、男は新聞を広げる。

「でも、もうシニアグラスなんだよねぇ」
「悪いか、言っておくがあっという間だぞ」

あるときから文字が見えにくくなった、という夫は、今ではすっかりシニアグラスが手放せなくなった。
遅ればせながら結婚した同級生の披露宴会場にて、仲間たちと老眼の話しについて盛り上がったのは記憶に新しい。
新しい夫婦の誕生の場、というめでたい席で何を話題にするのだ、というつっこみすらされなかったのはそれだけその話題が興味をもたれたからだ。
つまるところ、全員そういう状態に片足突っ込んでいた、ということなのだが。

「まあねぇ、そればっかりは避けられないし」

十五年以上にも渡る結婚生活で、色めかしい話題など忘却のかなたにある二人にとって、どこまでも話題は軽やかな方向へと転がっていく。
色だ欲だと大騒ぎしていた時代は既に久しい。
だからといって夫婦として仲が悪いかといえば、どちらかというと仲がよい二人だと友人間では有名である。
新婚生活を始めたばかりの同級生とは、夫婦二人きり、という文字は同じでも内容は随分と異なるものなのだ。
かちゃかちゃと忙しく道具を動かしていたと思えば、いつのまにか食卓には出来たばかりのおかずが並べられていく。
夫は新聞をたたみ、手を洗って決められた席へと座る。
ごはんが炊き上がり、最後に妻が二人それぞれの茶碗にご飯をよそい、ようやく向かい合わせに二人が座る。
手を合わせていただきます、と互いに呟き食事が開始された。
とある夫婦の日常が、今日も平和に暮れようとしていた。


再掲載:12.14.2013/06.06.2013




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