18 - もっと早く出会っていたら(adagio)

 彼女の姿を見かけたのは、僕が高校に入学して初めて図書室へと行ったときだった。
窓際の席に一人で腰掛けて、厚い本を真剣に読みふけっている少女。
アナログな文学少女、を想像しそうな外見からはかけ離れていた彼女にまず驚いた。
偏見だとはわかってはいるけれど、こういうところにいるような物好きは、きっちり校則を守った二つしばりをぶら下げた黒髪の学級委員タイプばかりだと思っていたから。
茶色くてふわふわした髪を無意識なのか左手で束ねながら、彼女は身動きもせず本に目を落としている。
周囲を見渡せば、同じような趣味をもつ生徒もちらほらといて、彼らはまるであたりまえのようにしっくりと馴染んでいた。
いや、それでもやっぱり彼女のルックスは意外だったのだけど。
ふと、彼女が顔を上げバッグから携帯を取り出した。
何かを確認すると、優しげな笑みを一瞬だけ浮かべ、大事そうに携帯をバッグへと戻した。

僕は、どういうわけか、彼女のことが忘れられずに、学年の違う彼女のことを視線で追うようになってしまった。



 窓際から見える景色はあたりまえだけどグラウンドだ。
そのグラウンドでは上級生の体育の授業が行われており、それは僕にとっては貴重な観察時間となっていた。
――鈴木秋音。
それが比較的簡単に手に入れた彼女の名前、だった。
やっぱり、というか、彼女はルックス的にも割合と目立つ生徒のうちの一人ではあったようだ。
ともすると派手な外見は、そいういうにぎやかなグループに所属していることを思わせる。
だけど、彼女自身の性格がおとなしいのか消極的なのか、どちらかといえばまじめなグループに所属していると聞く。
それは、初対面で分厚い本を読んでいた彼女からは簡単に推理できる結果であり、それに関して不思議に思うことはない。
けど。
授業そっちのけで彼女の姿を追いかけながら、僕はちらりと黒板を見て授業に参加しているふりをする。
彼女は、一度だけうわさの中心にいたことがあるらしい。
それも先生との恋愛沙汰という、彼女とはかけ離れたようなネタとして。
色白で、折れてしまいそうな体を心配しながら、決してよこしまな気持ちではない、と言い聞かせながら彼女を眺める。
吉井、という教師の名前は噂を聞きつけて初めて知った。
雰囲気だけでいうとイケメンで、割と長身なその教師は、外見だけならどこまでもモテそうな嫌なやつだ。
だけどどこか素っ気無くて、温度もなにもない授業とその対応に、一時的に熱を上げた生徒たちも次々と撤退するのが常らしい。
部活の先輩に聞いたところ、四月で惚れて、ゴールデンウィークにはあきらめるのがこの学校での基本パターンだとか。
そんな無味無臭ともいえる男と、秋音先輩との噂。
面白おかしくしようにも、本人たちが淡白すぎて、一時一部で騒がれてすぐに収束したようだ。
それに、と。
彼女の姿を確認してため息をつく。
頬杖をついて、ぼんやりと黒板へと視線を移す。

彼女には大学生の彼氏がいる。
当たり前のような、当たり前であってほしくないような事実に、僕はすっかりしょげかえってしまった。
何の接点もなく、ただの年下である僕がどうこうなるだなんて思ってはいなかった。
いや、ちょっとぐらいは夢見てた。
それをあっという間に壊されて、でもまだ何かあきらめきれないでいる。
それは、彼女が持った浮世離れした雰囲気のせいかもしれない。

僕はまた彼女を視界に納める。
気持ちを、もてあましながら。


再録:12.31.2014/04.24.2014
adagio




Copyright © 2013- 神崎みこ. All rights reserved.