「これはなんだ?」
厳つい顔をさらに恐怖に突き落とすようなものへと変化させ、マグヴァルンが問う。
「コーヒーでございます」
「・・・・・・。飲み物なのか?」
執事の端的な説明に、眉間の深いしわはさらに深いものとなる。
「はい」
遠い国の豆からできた飲み物らしい、というところまでは執事の説明で理解できた。
だが、その黒焦げた色が彼に様々な違和感をもたらしている。
そもそも、食後の飲み物といえばこの国では紅茶が一般的である。
あまり植生が豊かではない国ではあるが、茶を生み出す木々には気候が適応していたのだろう。
様々な色形の茶葉が存在し、それぞれに相応しい状況で供されてきた。
それに引き換え目の前に出されたそれはどういうものなのだろう、と凝視する。
カップをもちあげ、斜めにして眺める。
香りは悪くはない。
どちらかといえばよい、ともいえなくはない。
「本当に飲み物なのか?」
「当然でございます」
子供の頃から見知っている彼を信用していないではないが、どこか保守的なマグヴァルンは訝しげな表情を崩していない。
そんなことは知っている、とばかりに執事の方はすまし顔だ。
「眠気を抑える効果があるそうでして・・・・・・。」
主人がこれからこなさなくてはいけない仕事を慮った、とばかりの言にマグヴァルンはうなずく他はない。
もち手に指を沿え、茶器を持ち上げる。
どこか香ばしい香りが鼻をくすぐる。
やはり、芳香は嫌いではない、と、意を決してまだ湯気のでるそれを口に含む。
なんともいえない苦味と香ばしさが広がる。
紅茶とは全く異なるその味わいに、手を止め、じっくりと液体を見つめる。
「悪くない」
そっけない一言をそえながら、マグヴァルンをコーヒーを飲み干した。
その姿を表情を変えずに眺めながら、執事はたいそう喜んでいた。
主がここのところ続いた苦手な書類仕事に鬱屈していたのを気にしていたからである。
それからちょくちょくと、彼のころあいをみては、コーヒーは食卓に提供されることとなった。
マグヴァルンの好物にまで上り詰めた飲み物が、再び食後に登場しなくなったのは、まだまだ幼い預かり子が屋敷へとやってきた後の話である。
再掲載:12.31.2014/04.24.2014
→少女と将軍