「あ、これ」
手を出せ、といわれ無造作に差し出した手のひらの上に、小さな金属性の物体が落とされた。
「なにこれ?」
由香子はぽかんと口をあけたまま、上を見上げて男に問う。
年齢差も身長差もある男は、口角をあげどこか勝ち誇ったような笑みを見せ付ける。
「鍵」
「いや、鍵はわかるんだけど」
反射的に突っ込みながら、彼女は手のひらの上のそれを見つめる。
鍵、はわかる。
だが、それを意図するところはまるで感知できていない。
「家の鍵」
「誰の?」
「俺の」
端的な、だが、これ以上はない男の言葉に由香子は言葉に詰まる。
そういうことがわからない年ではない。
とっくに二十歳を超えていて、この男と夜を過ごしたこともすでに数え切れない。
「面倒だろ?待ち合わせするのも」
一人暮らしの彼の家の鍵は、当然当人しか所持していない。
男の実家は彼をどちらかといえば放任しており、便りがないのはよい便りを地でいくような家族だ。彼らがもっていなくとも不思議はない。
が、それを由香子が所持してよいかと問われれば、彼女は素直に首を傾げる。
「まあ、面倒っちゃ面倒だけど」
彼と彼女の関係は、表面上は学生と先生、である。
いい大人同士の恋愛ではあるが、やはりおおっぴらにしていいものではない。特に由香子の方は、彼の対面をこう見えてもひどく気にしている。
自分の存在が、彼の仕事の足をひっぱることはごめんだと。
当の吉井はあまり気にしてはいないのだが。
そのせいなのか、二人の性質がそうさせているのか、もっぱらデートは家の中ということは多い。
車で遠出はするものの、二人とも忙しい身の上だ。家の中でDVD鑑賞、といったデートであっても由香子は十分満足している。
呆然とただ手のひらを広げたままの彼女に、彼はゆっくりと指を握らせる。
すっかり同じ温度となった金属の感触に、由香子は気がつかず目尻が垂れ下がった笑みを浮かべる。
「まあ、そういうことだから、いつでも入っていいぞ。別に隠すもんもないし」
頭を撫でられた由香子は頬を膨らませる。
子供扱いされたような、だが、それでもどこかうれしい気持ちを隠しきれない。
「・・・・・・。まあ、少なくともエロ系はありませんでしたねぇ、確かに」
憎まれ口をたたきながら、彼らは並んで歩き出した。
つないでいない手が、まるでつながっているかのように。
再掲載/12.31.2014
→どこまでも曖昧なワタシタチ