12 - 震える指先(例えそれがただのきまぐれだとしても)

 ディリは初めてレナの肌に触れた瞬間、年甲斐もなく指先が震えた。
決して触れてはならない何かに触れてしまったような、背徳感にも似た何かに酔ってしまったような。
そんな思いに捕らわれたのも一瞬のことで、ただただディリはレナの体に溺れていった。
――彼女の体ごと自分のものとなった。
だが、彼のそんな思いはことごとく傲慢なものであったのだと、レナ自身の行動によって突きつけられてしまった。

「どうしたの?」

艶やかなレナの黒髪を撫でながら、ディリが彼女を抱え込む。
恒例となった中庭での茶会で、ディリがレナを離さないのはいつものことである。
彼らをよく知る使用人たちは非常に生暖かい視線で見守っている。

「いや、どこにもいかないようにって」

経緯を熟知している周囲の人間は、やや呆れたように、だが、納得したかのように職務柄見ないふりをする。
彼らの主人が、非常に鈍い歩みで彼女を娶った経緯をよく知っているからだ。

「いかないって、赤ちゃんもいるのに」

ディリは時折こうしてレナに念を押す。
今までの経緯が経緯である、ということをディリはさすがに強く認識している。
近くに彼女を狙う男ぶりが数段な親友存在する。
そしてその妹には近づきたくもない現状。
決して妻となっただけでは安心できない。
籠の鳥だと思っていたレナは、いつでも彼の手を振り払ってどこかへ行ってしまえる女だ。
そんなことは嫌というほど思い知っている。

「どうして明日は仕事なんだろう」

彼の呟きを巧みに聞き流し、新しい茶を注いでもらう。
妊娠中によい、と言われる茶は、穏やかで口に優しい。

いつでもレナが逃げ出してしまいそうな思いに捕らわれたまま、ディリはレナを束縛する。
その束縛をレナはある程度受け入れながら、器用にかいくぐる。
ディリの指先は、レナに触れるとき、いまだに時折震えることがある。
そしてそれを誤魔化すようにレナを強く抱きしめる。
彼女が消えてしまわないように。



たとえそれがただの気まぐれだとしても
再掲載:9.26.2014




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