11 - 言霊(零れ落ちた花びら)

 彼さえいればよい、と願い続けてきた心は決して届かない。
ゆっくりと狂っていった彼の心は、他の何かに捕らわれているから。

煩わしい夫の元から立ち去った王姉は、弟の一番近い位置に立っていた。
王妃はおらず、どういうわけか宮殿には彼女に苦言を呈していたものがごっそりといなくなっていた。
程ほどに満足し、だが、いつまでたっても自分のものとはならない弟に悔しい気持ちを抱いていた。
軋んだ心は、矛先が誰かへとむかい、行儀見習いの侍女たちは次々とやめていく。
散々蔑ろにしてきてはいたが、それでも母の愛を求めて必死に腕を伸ばしてきた子供たちですら、彼女のそばにはもういない。
あれらが王との子であれば、と、その思いにとらわれ愛情の欠片すら与えてこなかった子供たちではあるが。
彼女はただ、まっすぐに両親を同じくする弟だけをみつめ、そして徐々に狂っていった彼だけを守り続けた。
だが、肝心の王は姉にすら心を開かず、ただひたすら何かを捜し求めていた。
時には、付きまとう姉すら鬱陶しそうに追い払い、そして秘密裏に何かを行う。王としての役割すら放棄し、賢い王子だともてはやされていた面影はもはやない。



歪みは徐々に拡がり、宮殿には荒んだ空気が停滞する。
機を見るものは宮から早々に立ち去り、残ったのは愚鈍なものか、自らを省みない上に己を高潔だと自負する人間たちだけだ。

王の、叫び声が聞こえる。
もはや隠さなくなったのか、どこからか連れてこられた人間たちの悲鳴すらも。
それを咎めるものはここにはいない。
そして、王がたった一人の少女を姉さえ知らぬ部屋へと閉じ込めた頃、民衆たちの靴音が響き出した。



「・・・・・・なぜ?」

彼女の言葉は誰にも届かない。
やがて、ようやく手に入った弟と引き離され、彼女は侮っていた形式的な夫と対面する。
最後の最後、夫だった男から命を絶たれるその瞬間ですら、彼女は弟を探していた。
遥か先に狂ってしまった王としての弟を。
決して彼女の心は届かないというのに。

永久に続くかと思われた王国の歴史は幕を閉じた。


零れ落ちた花びら
再掲載:9.26.2014




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