07. とかして、お願い

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お題配布元→capriccio

 気がついたのは視線。
何気なく、私からはずしたそれは、私じゃない誰かを見ていた。

 彼と付き合い始めて三年。
そろそろ結婚の文字がちらちらしながらも、私にとっては平穏で安定した付き合いだと思っていた。
結婚、したくないわけじゃない。
ただ、それにたどり着くまでのわずらわしさを考えると、このままでもいいのかな、と思えるほど私は仕事や他のことに面白さを見出していた。
それは彼にしても同じことで、同じ年で同じだけの社会人経験しか持たない彼は、仕事だけで精一杯で、付き合い方そのものも淡白なものにならざるを得なかった。
それを、寂しいと思ったことはない。
それが問題だと、友達は言うけれど、そういう付き合いじゃないのだから仕方がない。
彼には彼の、私には私の生活がある。
強がりではなく、私はそんな私が好きだった。
彼の中の誰か、に気がついてしまうまでは。

 電話の回数が減る、メールの返信が遅くなる。
忙しい時期にはあたりまえのそれらが気になり始めた。
気になってみると、忙しい、という彼の言葉に具体的な内容が伴っていないことに気がつく。
今までに聞いていた仕事の愚痴は減り、あたりさわりのない会話に変化していく。
その場は居心地が良くて、それでも後になって、彼の仕事がどう忙しいのかさえわからない自分がいる。
共有していた何か、がなくなっていく。
それをとても怖い、と思ってしまった。
今までよりもマメに、だけれどもうざいと思われない程度にメールを送る。
ここにきて私は、直接電話をして相手の時間を侵食することができなくなっていた。
半分も返ってこないメールに、ためいきをつきながらも私はあたりさわりのないメールを送り続けた。

 そんなことが続いた今日。
彼は完全に上の空で、私の話を聞いているふりを続けている。
たまに会えたときには、と、愚痴も言わず、ただひたすら楽しい話題だけを提供し続けている私はひどく滑稽だ。
形作られただけの彼の笑顔は、本心を写さない。
ただはずされる視線に、彼の感情が酷く反映されている。
"おまえの話には興味がない"
いつのまにか黙った私にも気がつかず、彼はどこかを見つめ、そして飲み物を口にする。

「出ようか」

そう言った彼にうなずき、二人してカフェを後にする。
彼の背中をみつめる。
近くにいるのに、遠くて、歩み寄って思わず左手に触れる。
反射のように、私の手を握り返した彼の手は酷く冷たい。
私の胸の中に、溶けない何か、が増えていく。
まだ、大丈夫。
それだけを思いながら、握った手に少しだけ力を込める。
そこから、何かが伝わればいい、と願いながら。


再掲示10.27.2011/update:3.24.2011

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