05. 本能ならば仕方ない(大好き!シリーズ)

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お題配布元→capriccio

 運転中、眠くなったという兄さんにミント系のガムを渡した。
しかも、一人じゃ食べれなーい、という情けない声をあげた兄さんのために、わざわざ包装をとって口にまで運んでやった。
それなのに、だ。
運転中ということを考慮して、無言で怒りを表す私に、兄さんがおたおたと言い訳を始める。

「ほら、だって」

やっぱりこんな甘言に乗らなければ良かったと、心底後悔をするが仕方がない。
土曜日の補講の後、唐突に学校の帰り道に現れた兄さんは、さわやかを通り越して胡散臭く、それを見られたくない私は思わず兄さんを車に押し込めた。
そのついで、とばかりにちゃっかり私も助手席に収められ、どういうわけかちょっと一回り、という名のドライブに連れ出されてしまった。
なんとなく、なんとなくだけど、いいかな、と思ってしまった自分が悪いのだけど、やっぱり兄さんは兄さんで、油断なんてしちゃだめだって思った。

「美夏ちゃんのさー、かわいい手が目の前にあったら、ね」

だったらなんだ、と、無言で返す。
すでに見知った道路に差し掛かり、あと少しで安心の我が家だ。
さすがに口だけで、あんまりなことはしない兄さんは、あんまりじゃないことは隙をついて仕掛けてやってくる。
どこか子供じみたそれは、うっかり許してしまいそうで、でもやっぱり許してはいけないような気がする。
兄さんの笑顔にほだされて、ハードルが下がれば下がるほど、やはりわが身が危険だ。

「え?なに?美夏ちゃん、携帯なんかもっちゃって、あれ?」
「110番って知ってる?」

ようやく口を開いた私に、兄さんがちょっと青ざめる。
さすがの私もそこへかける勇気はないけれど、それでも実家の番号はすぐに押せるようにしてみる。
信じてるけど、私の大丈夫のラインと、兄さんの大丈夫のラインは大分違う。
いつのまにかラインをぐいぐいと押し寄せ、兄さんのラインにされてしまいそうで怖い。

「や、ね、美夏ちゃん」
「ごめんなさいは?」
「えーー、でもーー」
「でもじゃない!」
「本能、みたいな?」
「どこの世界に、女子高生の指をくわえて舐める本能があるっつーの!」
「それは、美夏ちゃんがかわいいから」

再び無言で応えた私は、その代わりにため息をつく。
元凶となったガムの残りを乱暴にかばんへと放り込み、景色をみる。
流れていく景色は、普段私がみているそれとは違う。
なんとなくずっと怒っているのが馬鹿らしくなって、口を開く。

「ごはんは?」
「食べる!食べる!おなかすいちゃったー、で、どこのレストランに行く?」

笑顔のまま返事をしない私に、兄さんがひきつって訂正をする。

「お、おばさんのごはんおいしいなぁ」
「うん、やっぱり夜は家族と食べないとね」

そういったまま、なし崩し的にくだらない話へと突入し、車は我が家の駐車スペースへと滑り込んだ。
あまりに短いドライブに、安心してちょっと残念に思って。
複雑な気持ちを抱え、私は兄さんと玄関をくぐった。
その気持ちに答えを出すのにはまだ早い。


再掲示10.27.2011/update:3.24.2011
大好き!シリーズ

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