47. 素直に言うと

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お題配布元→capriccio

――好き、なんだけど。

シガラミとかプライドとか全部とっぱらって、でも、勇気が無くて、その言葉は全部私の中に消えていった。
春は別れの季節、だなんて送別会でいわれなくても知っている。
彼が転勤でどこかへ言ってしまうことも。
そして、彼に恋人がいるっていう事実も。

静かにビールを注いでいた私に、後輩が笑いながら酌をしにやってくる。
にこやかにビールをあおり、後悔の酌を受け入れる。
こんなことをしているから婚期が遠ざかり、次々と消えていく後輩たちに哀れむような視線を送られるのだ、と気がついてはいる。
悲しいかな、一度ついてしまったポジションというのは変え難く、私はいつまでも道化のような存在のままだ。

「お疲れ様でーす」

主役である彼、が私へと近づいてくる。
もちろんビール片手に。
彼にはなんの打算も下心もない。
だって、私は彼が新入社員のときにちょっとだけ手助けした年上の先輩に過ぎないのだから。
彼は気安い先輩、として私を扱い、私は自分の中の邪なこころを気取られないように接する。
そんな内心の葛藤も今日で終わりなのだけれど。

「っていうか、返杯の準備もしないとは」

ビールだけをもってやってきた彼に軽く悪態をつく。
彼に注がれたビールを飲み、できるだけ笑う。

「勘弁してくださいよー、先輩。ただでさえ飲まされるんすから」

ある程度強い、と知れ渡っている彼は、当然のようにあちこちで飲まされ、割と足取りがあやしい。
それでも彼の中の距離感はちゃんとしたままで。
彼にとっての私の存在がどういったものかなのかを、至極納得できてしまうありさまだ。

「ま、次でもがんばって」

ふらふらと、それでも他の先輩のほうへ行こうとする彼の背中に声を掛ける。
本当はそんな言葉をかけたいわけじゃないのに。

素直に、だなんて子供時代までで、とうが立ちまくった女が言ってものじゃない。
全部の言葉を飲み込んで、ビールで流し込む。
消化不良の恋は、立派な二日酔いとなって体現した。
彼の姿がないことを確認するたびに生まれる、ちくちくした痛みと供に。


再掲載10.4.2013/4.3.2013

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