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お題配布元→capriccio様
誰もいないはずのひっそりとした空間に、そこかしこで「何か」の気配がする。
あたし、は目に見えないはずのそれらを何とはなしに目でおいかけ、どこか生命力に溢れ、濃密な空気だけを感じ取る。
そっと、全てを遮断するかのように目を瞑る。
自分で作り出した暗闇と、本当の暗闇の区別がつくようになったころ、あたしはようやくここの住人になったような気がした。
「そんなに魅力ない?」
「いつそんな言葉を覚えたんだ」
男はわざとらしくため息をつき、礼奈の目にかかる前髪を払う。
伸びない背丈、変わらない体型。
それは、男と礼奈が留まるこの場がこの世のものでもあの世のものでもない、狭間、であることからきている。
本来ただの人間である礼奈が存在できるはずもなく、ひとえに男の温情による措置から礼奈は存在を保っているにすぎない。
礼奈の境遇に同情しただけなのか、個体としての興味が生じたのかまではわからぬものの、男は確かに礼奈に対して執着、とも呼ぶべき感情を抱き始めていた。
「だって・・・・・・」
わずかばかりすれ違っただけの女の存在が、礼奈に重くのしかかる。
自分にはないまろやかな曲線、柔らかな肉体。
同性に誉めそやされていたはずの華奢な体型が、ひどくみすぼらしいものに見えてきてしまった自分。
どれもこれも気持ちが追いつかなくて、そのはけ口は全て男へとむかっていく。
それがどういう感情なのかを理解できずに、ただただ煽るようにして男へ詰め寄る。
寄り添った男の胸に頬を当て、押し返されない両腕を掴む。
体温などないと思っていた男の、思いがけない暖かさに礼奈の中の感情が高ぶっていく。
「一応、男なんだけど」
「知ってる」
それでも礼奈を突放さない男に、礼奈はさらに力をこめる。
「元に戻れなくなるぞ」
男が発した言葉の意味を、吸い込むように理解する。
礼奈の思うままにすれば、あの世界には戻れないということを。
「・・・・・・わかってる」
さらにこめられた力に、男は再びため息をつく。
ふいに押し倒され、礼奈は初めて男と向き合わせとなる。
人形のように美しい男の瞳の中に、確かに自分が映っていることに気がつき、思わず目を逸らす。
「もう遅い」
男の言葉が聞こえ、唇に暖かな感触が伝わってくる。
礼奈は、ようやく、この場の本当の住人となることとなった。
あの世界を、全て捨て去ることと引き換えにして。
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再掲載10.04.2013/4.3.2013
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