40. 愛でられない花のような(零れ落ちた花びら)

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お題配布元→capriccio

 生まれつき目の見えなかった男がその道へと進んだのは、当然の帰結ではあった。
彼の行く末を気にした両親によって、家系的に縁の深い神殿へと彼を預けられた男は、それを自然と是として受け止めた。
目が見えない、という身体的特徴よりもなによりも、男は信仰に傾倒するばかりで外の世界を一切知ろうとはしなかった。その結果、男は祈る神を決められ、それ以外が与えられない生活だというのに、それを苦とも思うことなく成長をしていった。
そして、時折身を寄せる実家との関係も、特段悪いものではない。
周囲からは敬虔深い信徒と目され、将来を期待された彼は恵まれた立場にいられる人間の一人となった。
ただ祈り、仕事をこなし、一人前に説法をする身となってもなお、彼はそれをあたりまえだととらえ、少しも省みることはなかった。
周囲を見渡せば、同じような人間ばかり。
それを異だと唱えるものなど誰もいない。
男の日常は、そうやってゆるゆると続いていくはずだった。



「またですか?」

平和なこの国に小さな異変が現れたのは、随分と前のことだ。
美しく賢い王子によってもたらされた平和、そのほころび。
それは、珍しい髪色の美しいものが消える、といった特異ではあるがささやかな出来事が発端だ。 地下をもぐる噂はやがて表層化し、人々がなんとかその出来事を飲み込もうとしたころには、この国の病巣はずっと根深いものとなっていた。

「ええ」

ただ、二言で片付いてしまえるほど、それはあたりまえの現象となっていた。
若く美しい人間が消えていく。
それを訴える人々もまた同じように忽然と姿を消す。
そんな理不尽な出来事が日常に組み込まれるほど、国はぎしぎしと不協和音を奏でている。
すきあらばと狙う隣国、国王を廃し登り詰めようとする野心あるもの、そして忠義から国を改革しようとするもの。
そのどれもが中央から遠い庶民にとっては迷惑なものであり、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
物騒な会話をする男もまた、神職とはいえそういった一般市民の一人であった。



「おはようございます」

出入りを許されない娼婦たちへ教えを施しにいく、という仕事は、ありきたりの修行の一環である。
あまり歓迎されない修行を男が引き受けたのは、信仰心からくるもではなく、それが己にとって当たり前だと思っていたからだ。
そこで、不思議な女、ユズリハと出会ったのはただの偶然である。
いつもの挨拶が聞こえ、近くにユズリハが立っていることを感じ取る。

「おはよう。今日も元気そうですね」

彼女から感じる様々な感情を受け取りながら、男は彼女に自分の信じる神を説く。
それを軽くいなされていることを理解しつつも、あきらめることはしない。
ユズリハが、同じ神を信じてくれたのならば。
神はいない、と呟いた彼女の心が近くへ寄り添ってくれたのならば。
そんな考えが浮かんだとたん、彼の胸の中にはなにかあたたかいものが浮かんだ。
誰も見ることができない彼だけの場所で、綺麗な花が咲き誇ったかのように。


国中がひっくりかえるような出来事の後、彼の元に妹は戻ることができた。
ただ、彼の中にある花を咲かせた少女は、ついに彼に姿を見せることはなかった。

再掲載06.25.2013/12.06.2012
零れ落ちた花びら

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