37. 攫って頂戴

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お題配布元→capriccio

「あ、攫ってくださってよろしくてよ?」

そんな高飛車な言葉を吐き出した女に、男は瞠目した。

「調度退屈でしたのよ」

さも、劇場にでも連れて行け、といわんばかりの軽さに、男はさらにのけぞる。
部屋を確認し、女を確認する。
自分は、聖女と呼ばれる存在を誘拐しにきたはずだと。
厳重な警護をくぐり抜け、警備の騎士たちをなぎ倒し、たどり着いた部屋には聖女がいる。
想像より苦しい道のりを思い出し、そしてまた目の前の女に視線を戻す。
確かに、彼女は聖女という冠に相応しいほど可憐な女性だ。
色素が薄く、華奢で、生命力が薄そうではある。好みの問題ではあるが、彼女を美少女から美女だと断定することはやぶさかではないだろう。
だが、口をついて出てくる言葉はおおよそ、その冠にも容姿にも似つかわしくないものだ。
そして、もう一つ似つかわしくないものを男は発見してしまった。
折れそうなほど白く細い足首にはめられた金属製の足輪、の存在を。
鎖でつながれたそれは、片方を部屋の支柱につなげられている。
幾重にも鍵をかけられた鎖は、彼女一人の手によって持ち上げることすらできないだろう。
ちらり、と覗いた足首には赤黒い跡ができており、その仕打ちが昨日今日から始められたものではないことを示している。

「少しお待ちください」

騎士の礼をして、彼女を縛る鎖をはずしにかかる。
特殊な力を帯びた剣をもってしても、その鎖を断ち切ることには難しかった。
幾度目か、大降りに剣を振りかぶり、ようやく鎖の目を切る。
足輪はそのままに、聖女を担ぎ上げる。

「あら、これはこれで新鮮なものね」

肩に担ぎ上げた彼女の体の軽さに、愕然とする。
豊穣の女神の使い、と言われ崇められるはずの存在が、これほど貧相でいいはずはない。
この領内での彼女の扱いを再認識し、自分たちの野蛮な行動を多少肯定する。


「お願いがあるのだけど」

横抱きに彼女を抱え、馬を走らせている最中の自分に、聖女が声を掛ける。
閉じ込められていた神殿から離れても、彼女は結局寂しそうな顔一つしはしなかった。
それが、見知らぬ自分たちに対する警戒心のせいだとしても、彼女にとってあそこは未練のない場所なのだと知ることができた。

「なんでしょうか?」
「ごはん、食べたいのだけど」

略奪する立場の自分たちでさえ、様々な葛藤や感傷が渦巻いているというのに、よりにもよって彼女は極々日常の、あたりまえのことを要求する。
その声が聞こえてきた範囲のものたちは、最初呆けた顔をして、その意味を理解して微妙な顔をした。
その、あたりまえの日常が、彼女にはなかっただろうという事実がのしかかり、仲間たちの口数が減っていく。

「わかりました。ですが最初は軽いものからお召し上がりください」
「・・・・・・。わかったは、それでよろしくってよ」

高飛車に、だけどもどこまでも嬉しそうな顔をして聖女は頷いた。


 国境を越えた聖女誘拐は成功し、聖女は隣国へと移された。
当初、非難された誘拐国は、聖女がその美しく健康的な姿を頻繁にみせることによって、風当たりが穏やかになっていった。
まんまと誘拐された間抜けな国、と謗られながらも同情されていた国は、聖女への問いかけによる曖昧な答えによって、その立場を微妙なものへと変化していった。
次々と健康な子を産み、豊穣の聖女、と並んで繁栄の聖女としても名高くなった彼女の隣には、心配性の騎士が一生連れそうこととなる。
誘拐国は、彼女と供にますます繁栄していくこととなった。
以前彼女がいた国のことは、もう誰も知らない。



再掲載:03.15.2013/10.25.2012

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