36. あなたがほしい(零れ落ちた花びら)

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お題配布元→capriccio

 どうしてあなたが弟だったのかと、思うたびに血が滾るような思いがした。
いつかは貴方の隣には誰かが立ち、そして子を産むだろう。
それは、この家に、立場に生まれてしまったものの義務だからだ。
遠くない将来、そんな日を迎えて、私は正気でいられるのだろうか。



 廊下から聞こえた声に、咄嗟に顔を向けた。
手馴れた侍女たちは、それを驚きもせずにこやかにそれぞれの作業を続けている。
貴婦人らしくない動きで、部屋を出て声に向き合う。
楽しげな声を上げ、笑いあう少年と少女が歩いてくる姿がすぐに見て取れた。

――はしたない。

そんな心の声を出さないように、扇で顔を隠しながらこちらから声をかける。
すぐに、少年はそれに応え近くに寄ってくる。

「姉さま」
「ごきげんよう」

性差、立場、様々なものから、私と王を継ぐべく弟は離されて育てられてきた。
いまだとて久しぶりに逢瀬だ。
彼に近づくことに、彼の教育係たちはいい顔をしない。
何かを見透かすかのような視線を寄こし、わからないように彼を隔離する。
私に力があれば、あんな男たちは排除するというのに。

「おいしいお菓子があるのだけど、どうかしら?」

首を傾げ、色々な事を考えている弟がかわいい。
おそらく、乳母や侍女たちに怒られることを恐れているのだろう。
体だけは大きくなったというのに、弟はまだまだ子供だ。
やがて、菓子の魅力には叶わなかったのか、隣にいた少女のことも忘れ、あっさりと部屋へと吸い込まれていった。
置いてきぼりを食らわされた少女の方へ、声を掛ける。

「はしたないまねはやめてくださらないこと?」

小声で、だけどできるだけ感情を込めないように注意を促す。
未来の王が、低い家位しか持たない父親を持つ少女と連れ立って歩いていいものではない。
まして、誤解をされるほど仲睦まじい様をみせつけるなどと。
震えるようにして俯いた少女は、大人しく頷いてみせた。
このぐらいで小さくなるような器の女、どのみち弟には相応しくない。
裾を翻しながら、弟が待つ部屋へと戻る。



 貴方が欲しい。
声に出して言える立場であれば、私は迷わず声を上げていただろう。
逆臣たちが押し寄せ、誰もいなくなった王宮で、私はようやく弟と確かに二人きりになることができた。
もう私の声すら聞こえぬ彼に、いつからか歯車が狂い苦しんでいた弟に。
それでも私は欲しいのだとはじめて呟いた。


零れ落ちた花びら
再掲載01.29.2013/10.3.2012

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