35. 天使だと思ったんだ(バスルームからこんにちは)

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お題配布元→capriccio

遠征から帰り、久しぶりの湯を堪能した。
強行軍だったから、というだけではなく、遠征先で湯を使える機会はほとんどない。
もっとも、野郎が大部分を占める部隊では、ほとんどの連中が機会があっても面倒くさがって入りはしないだろうが。
そんな中でも自分はかなりの風呂好きだ。
一日の終わりに体を清めなければすっきりとしない。
遠征中考えるのは風呂のことばかりで、口に出せば色気がない、と従者から嘆かれた。
そんな念願が叶い、ようやく湯船を堪能すれば、部屋に異変が起こっていた。
いや、異変というのもおかしな話だ。
寝台の上に真っ裸の女が寝転がっていたからだ。
部屋に入ったときには確かにいなかった。
だが、今は存在するそれ。
最初は従者あたりが気を利かせて女を差し出したのかと考えた。
だが、たいていの場合丁寧に送り返した過去が、もはやそんな気力すら彼から奪ってしまったことを思い出す。
別に、女に興味がないわけじゃない。
柔らかい体は大好きだ。
ただ単に見解の不一致というべきか、従者と女の趣味が違う、といった一点にあるのだが、それを説明する気にはなれない。
この国でのいい女の基準はほどほど肉のついた肉感的な女たちだ。
ぽってりと厚い唇に、豊かな胸、そしてわずかばかりある腰のくびれになだらかに続く臀部。
どれもがこの国のいい女の基準ではあるが、つまるところ子供をたくさん産めそうな女がいい女だと、表面的にはそうなっている。
実のところ傾向としてそういった派閥が多いことは否めないが、それでもその外を愛する人間がいないわけじゃない。
その一人が自分であって、多数派に組する従者と相容れるわけはない。
そんなことをぐるぐる考えていたら、寝台の上の女がこちらを凝視した。
日に焼けてない肌に、艶のある黒髪が広がる。
薄い唇はどことなく幸薄そうで、思わず駆け寄りたくなってしまう。
そんな欲望を全て押し込め、剣に手をかける。
突然現れた女が、何かの術を使わないとも限らないからだ。
この世界には不可思議な術を使う連中がいる。
それはごく一部で、そんなものが一介の軍人である自分のところに現れることはないと思ってはいる。
だが、用心せずにやられてしまっては、代々軍人として名を馳せたご先祖様に申し訳がたたない。
緊張感に支配され、女は引きつったまま泣きそうな顔をする。
思わず凝視して、その体を観察してしまう。
いや、悪気があったわけじゃない。
怪しいやつを検分するのは軍人の務めだからだ。
顔に似合わない豊満な胸と、折れそうなほどの腰をみていたわけじゃない。
などといいながらも何か下半身に血が通うような感覚に呆然とする。
不明な女、密室、この二つをもってしても下半身の事情に勝てないだなんて、情けなさに泣きそうになる。
見れば女はずぶぬれで、剣を当てただけではない震えを全身に纏っていた。
急激に猜疑心が消失していき、大慌てでタオルを渡す。
手にした女は、それでも震えがとまらない。
仕方なく乱暴に彼女を拭えば、ようやく彼女は辛うじて笑顔だとわかる程度に緊張を解いてくれた。
ますます、何が何して、途方にくれる。
さりげないつもりで手足を確認すれば、どう考えても重いものなど持ったことがない柔らかな感触が確認できた。
武具をもつような手ではない。
何か怪しい術を使う素振りはない。
ここにきてようやく気が抜けて、体の緊張をとく。
それがわかったのか、女はこちらを見上げ、また笑顔を作る。

――かわいくないか?

心の声が聞こえ、うろたえる。

「確かめてみますか?」

そんな声が届いたとき、すでにとっくに臨界点を越えた理性は、ぷっつりと消えてなくなっていた。



 彼女がまだ未成年で、もちろん、当然、やっぱり、自分が始めての相手だと知ったとき、ものすごい勢いで神に土下座した。
そして、何が何でも彼女を守ると誓った。
プロポーズをして、返事をもらって、自分の人生順風満帆だ。
翌朝、なにやら驚いている彼女と、驚きつつも大喜びした従者が対照的だった。
従者にそそのかされ、子孫繁栄と家庭円満に勤しんでいるうちに、邸内が賑やかとなっていくのはまだ先の話だ。



再掲載01.29.2013/10.3.2012
女性視点→バスルームからこんにちは

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