30. 守ってくれなくても良いよ(零れ落ちた花びら)

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お題配布元→capriccio

 ユズリハは基本的に人を信用していない。
それは本来の性質、ではなく、こちらの世界へと落とされてから獲得したものだ。
親切にしてくれている食堂のおかみにすら、彼女は擬態した自分しか見せていない。
言葉もままならないまま放逐され、親切顔をした旅芸人たちに拾われたユズリハは、とても目の前のお綺麗な騎士様には言えないような扱いを受けていた。
対価だと、そう言われれば差し出されるものは体しかないユズリハは、納得しただろう。
だが、あれはただの搾取であり、対価としても不釣合いなほど彼女の扱いはひどいものだった。

「よく来ますね」

不似合いな男が、不似合いな料理を顔色一つ変えずに平らげる姿は、この食堂ではもはや見慣れた風景となった。
最初は警戒していたおかみも、男のユズリハへの態度をみるにつけ、早々に懐いてしまった。
あまり目立つことはしたくないユズリハは、僅かに顔を曇らせ、それでも周囲と同じように接客をする。
大衆食堂に、騎士の男。
そして、美しい看板娘。
その噂は徐々に町へと広がり、物見高い人たちが食堂へとやってくる有様だ。
ため息をついて、それでもそれを悟られないように相対する。

「ここはうまいからな」

皮肉の一つでも投げかけたいのをこらえ、しれっと答える男に押し黙る。
忙しい店内は、ひっきりなしにユズリハに声がかかり、いつのまにか男が消える。
それが日常となったころ、小さな事件が起こった。


「いたっ・・・・・・」

ユズリハの呟きは誰にも聞かれず地面へと吸い込まれていく。
痛む頭を支えながら、どうしてこんなことになったのかを思い出そうとする。
使いを頼まれ、金と籠をもって食堂を出たところまでは覚えている。
頭に衝撃を受けたと思ったら、今では薄暗い倉庫のような場所で寝転がっている。
考えられるのは誘拐が強盗だが、誘拐であれば金の無いユズリハを攫う理由が理解できないし、強盗ならここに生きてはいないだろう。
だいたい、明らかに金目のものなどもっていない女を傷つけたところで、たいした儲けになるわけではない。
後頭部をさわり、怪我の有無を確認する。
幸い、どこからも血を流すことなく、かすかなこぶだけで済んだらしい。
周囲を見渡しながら、腹具合から時間の検討をつける。


「起きたか?」

急に声を掛けられた。
それもどこかで聞き覚えのある声に。

「・・・・・・何のまね?」

知った顔に、理解しすぎるほど理解している理由をわざと尋ねる。

「おまえがあんまりにも俺の事を邪険にするからな」

やはり、ユズリハの想像通りの答えが返ってきて、心底うんざりしてしまう。
四角ばった顔に、申し訳程度の両目、だけれども存在感のありすぎる左右に伸びた口を持つ男は、この辺一帯に影響力をもっていた元名士の息子だ。
彼の父親の代ではすっかり没落し、すでに昔の面影はない。
だが、それを決して認めようとはしない彼らは、大昔のように振舞ってはあちこちで揉め事を起している。
その筆頭がこの男だ。
昔の名前をかさにきせ、小銭で荒くれものたちを雇ってはあちこちで騒動を起す。
それを咎めることなく増長させたのは、警備の連中であり騎士団の連中である。
恩を感じている人間がいるとかいないとか、彼らに対する追求は非常に甘く、野放しにされた。
それをいいことに彼らはどんどん行動を過激にさせ、婦女暴行など朝飯前な出来事となってしまっていた。
だが、それはすでに以前の出来事だ。
今ではあの騎士さまが率いる騎士団により、彼らは厳しく扱われ、すでに揉め事が起せないほど締め上げられている。
数少ない衣類を引き破られながら、ユズリハは男を見上げる。
いつのまにか押し倒され、背中に冷たい床の感触が伝わっている。

「なんだ、その目は!!!」

すっかり冷めた気持ちで男を見ていたことを見抜かれたらしい。
この手の手合いは、見下されることに非常に敏感だ。
本質では、己が矮小だということに気がついているのかもしれない。

「気に入らない」

男の指がユズリハの首にかかる。
ゆっくりと両手に力がかけられ、喉が絞まっていく。

「気に入らない!おまえも!あの男も!」

薄れそうになる意識の中、ユズリハは騎士団長への八つ当たりに巻き込まれた事を知る。
首を絞めることに夢中になっていた男は、ユズリハの下半身への拘束をいつのまにか解いていた。
朦朧としそうな意識を奮い立たせ、一気に膝を引き上げる。
男はくぐもった悲鳴のようなものを発し、ユズリハの上へ倒れ落ちた。



「すまない」
「暇なんですか?騎士団って」

珍しく焦った表情で、開口一番謝罪をする騎士に、ユズリハが見当違いな言葉で答える。
ユズリハがこういう目にあったのは、自分自身のせいであって彼のせいではない。
言外に主張するユズリハの態度は、年頃の娘とは思えないものだ。
騎士はユズリハの格好を見た瞬間片眉をあげ、黙ったまま己の外套を彼女に羽織らせた。

「処罰する」
「そうね、やるなら徹底的に」

中途半端に自由になる金と時間があったせいで、彼はあんな暴挙にでたのだろう。
その点においては、騎士団の対処がぬるかったというそしりは受けるべきだ。
それもこれも結果論ではあるが。

「じゃ、お使いしてかえるから」

いつのまにか帰ってきた籠と使い賃を手に、何事もなかったかのようにユズリハが告げる。
騎士は何かを言おうとして、黙る。
ユズリハが、それ以上何も言わせないような雰囲気を出していたせいだ。
彼女を助けだせたことに安堵し、だが、近づいた距離より遠くに線引きをしなおされた関係に落胆する。
ユズリハが姿を消すまであと少し。
彼の中で、ユズリハはあらゆる意味で忘れられない少女となっていく。




零れ落ちた花びら
再掲載12.10.2012:/9.4.2012

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