02. loyal knight(Chase)

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お題配布元→capriccio

 ローンレー家の嫡男ジニルスは、国王陛下に忠実な騎士であり、また非常に素直な妻の下僕であった。


 ローンレー家は、なかなかに由緒正しい家柄であり、数少ない公爵の地位を賜っている家でもある。
もともとは一階級下であったのだが、数代前の先祖があげた武勲により家格を上げられた、という経緯がある。そのせいなのか、他の公爵家からは新参者扱いされる立場となっている。
それを除けば、彼の家柄は申し分なく、また文武に優れ、容姿が美しい彼は絶好の結婚相手として、妙齢の女性たちの最高の相手となるはずであった。だが、彼の名前は娘たちの相手として浮かんでは消え、そしていつのまにか候補にあがることすらなくなってしまった。
その彼の突然の婚姻発表は、驚きをもって迎えられ、また相手の女性に大いに同情が集まった。
だが、その憶測と推測が、非常に間違ったものだ、ということをローンレー家の使用人一同は確信した。

「お義母さま、長い間お疲れ様でした。どうぞこれからはごゆっくりなさってくださいませ」

美しい顔に完璧な笑顔を添え、嫁入りをした女、グラ家のリティがローンレー家の女主に挨拶をする。
その物言いに、女主は何かを抑えたかのような声で相対する。

「あなたの教育がまだまだありますからね。隠居するなど先の話です」

二人は誰から見ても笑顔、なのだがその空気はとてつもなく重い。
ジニルスなどは、本気で半歩下がったまま動くこともできないでいる。

「主人が跡を継ぎましたので、お義母さまがご心配なさることはいっさいございません」
「半人前がこなせるほど公爵家は安いものではありません」
「母に全てを教わりましたので、そちらもご心配なく」

彼女の生家は公爵家だ。しかも、ローンレー家より由緒があり、また王家に近しい。彼女が、つい最近まで国王陛下の正妃候補であったことは有名な話である。
つまり、女主、ジニルスの母が盾にする根拠などなきに等しいのだ。

「そのような物言いをする人間をこの家に入れるわけにはいきません」
「あら?よろしいの?」

二人の女の視線が急にジニルスに突き刺さる。
彼は母に対して首を横にふり、リティに対して宥めるような視線を返す。

「どうして母の言うことが聞けないのですか?婚姻などしなくとも良いと、常日頃言い聞かせていたというのに」

血をつないでいく、という仕事が最も大事な仕事である、と言い切れるような家柄で、非常識なことを言ってのける彼女のそれは、市井まですでに広まっている本音である。
そして、それがジニルスが婚姻相手として排除され続けてきた最大の理由である。
母親のジニルスへの執着。
それは彼が嫡男としてこの家へ生まれたときから始まった。
乳母に抱かせることにも嫉妬し、全てをその手でこなした彼女は、全てのジニルスの時間を管理し把握していた。
それは彼が大分大きくなるまで続き、彼自身もそれがおかしなことだとは思ってはいなかった。
だが、剣術の稽古を始め、学問を求め行動範囲を外へ求め始めてから、彼は家の形態が少々歪であることに気がついてしまった。
思わずもらした何かが他者を驚かせ、それをねたにからかわる毎日を送る、というのは多感な年頃の男にとって厳しいものがあったのだろう。
母の執着にもかかわらず、彼は少しずつ独立心を蓄え、貴族の子息にもかかわらず騎士となるべく入団試験を受けた頃には、母の影響下からは完全に脱出していた。
にもかかわらず母の執着は止まらず、子供の頃の好物などを携えて騎士団に日参しては周囲のものの失笑をかっていた。
ジニルスにしても実母だからということで、完全に冷徹な態度をとれなかったことも原因なのかもしれない。はては影でジニルスに思いを寄せる少女たちを排除し続けていたのだから、その関係はただの子思いの母とはみなされないだろう。
ローンレー母子の噂は、貴族階級から市井のものまで幅広く拡散していき、その名を出した瞬間、少女たちの口から何かを含んだ笑いが漏れる有様である。
その彼が、連れてきた嫁、ということでローンレー家の使用人一同緊張をもって迎えた。
それが、これだ。

「そういうことをおっしゃるお母様は公爵家の人間として失格ですわね。どうぞ、空気の良いところで静養してくださいませ」

一度も主の物言いに怒ることはなく、リティは言ってのける。

「私が、私がいなくてこの家が回るとでも思っているの?」
「ええ、もちろん」
「この思い上がりが!」

主は言い捨て、もはや言いなりにならなくなって久しい息子を睨みつける。
彼女は心の底からの意地悪から本家を離れた。
自分がいなくては、ローンレー家は成り立たない、と本気で信じていたからだ。
だが、いつまでたっても泣き言を言ってこない彼らに業を煮やし、彼女が本邸へと再び足を踏み入れると、そこには、彼女の知らない、だが、彼女がいたころよりも生き生きと立ち働く使用人たちと、付け入る隙もないほど完璧に整えられた邸内があった。
全ての仕事は滞りなく進み、いや、彼女がいたころよりも活発に交流がなされ、ローンレー家は孤立した新参者の公爵家、という立場すら脱却しそうな勢いだ。
本邸にはもはや彼女の居場所はなく、悔しそうにそれを見つめる彼女は哀れでもあった。
それ以来、彼女は本邸に足を運ぶことはなくなった。
恐妻家、という新たなあだ名を頂戴したジニルスは、国王陛下の忠実な騎士であり、公爵夫人の優秀な下僕として過ごす日々を送る。 ただし、彼の平和なときは、彼の子が生まれるまでのつかの間のものであり、新たなジニルス家の嫡男の誕生は、嫁と姑の第二次戦争を引き起こすこととなった、のだけれど。


再掲示:9.23.2011/update:12.21.2010
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