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お題配布元→capriccio様
――この人に再会したら。
そんなばかなことを考えて、色々想像していた。
私は、怒るだろうか。
泣くだろうか。
でも、現実はもっとずっと、私の中で素っ気無いものだった。
「お久しぶりです」
私を見下ろす彼に、どこからみても不自然ではないはずの笑顔を浮かべ、挨拶を口にする。
その声は、どこか他人のもののようで、どこにも感情が含まれていないようだ。
私の方が、動揺するはずだとでも思っていたのか、彼はただ呆然とそれに無言で頷くだけだ。
「ごめんなさい、友達と一緒なので」
ちらり、と隣の席にいる男をみながら、彼に申し訳なさそうな顔をする。
友達、という言葉に彼はあからさまに安堵し、ぎこちない笑みをようやく浮かべる。
「こらこらこら、勝手に友達にするなよ。婚約者じゃないか婚約者じゃ」
すかさず、軽口を叩くように、隣人が彼に告げる。
それは、全くもってどう考えても冗談なのだけど、立ちっぱなしの男は随分と衝撃を受けたようだ。
私に、婚約者がいるのは本当だ。
ただ、それが隣人ではないだけだ。
おもしろい何かを見たような目をして、彼を視界に納めている隣人は、僅かなやりとりで彼が私にとってどういう人間なのかを理解したのかもしれない。
いつもならこんなことを言い出さない彼のからかいに、私は曖昧にやりとりを返す。
「……なんで!」
一番に呆けて、ようやく口にした言葉がそんなものだということに、私は失望を通り越して、哀れみさえ覚える。
「独身の私が結婚するのって、おかしいかしら?」
だが、そんな蔑みの感情などおくびにも出さないように、彼に綺麗な笑顔をみせる。
「そうそう、前の結婚がさー、悲惨で悲惨で、これは僕が幸せにするしかないなってさー」
調子を合わせるかのように、隣人がさらりと嘘を叩きつける。
そのたびに、以前は感情などないかのように鉄壁だった顔が、みるみる歪んでいく。
あの時の、私を思い出す。
きっと私は、今の彼よりももっとずっと感情的で、彼にとってみれば見下して踏みつけて、放り投げていい存在だったのだろう、と。
「そちら、ご結婚は?」
当時より擦れて意地悪になってしまった私は、わかっていて追い討ちをかけるような質問をする。
誰もがうらやむぐらいの大恋愛を経て結婚して、第三者に密告されて妻の浮気を自分勝手に誤解して、妻を欠片も信用せずにぼろ雑巾のように捨てた彼には酷な質問だと知っている。
その妻が、私だったというのも、どこか遠い世界話のように、今の私の中ではすっかり色あせている。
あの頃の情熱も、愛情も、憎しみに変わって、彼を憎んで憎んで。
水分がなくなるのではないかというほど泣いて、周囲の全てから耳をふさいで。
私は、どっぷりと悲劇に漬かったあと、ようやく立ち直ることができた。
時間だとか、友達だとか、もちろん親兄弟とか、色々な人たちの手を取ることができるようになった頃には、ずきずきする傷は鈍い傷に変化していた。
現実に戻った私は、同時に彼が、密告をした女と付き合い、そして破局した事を知る。
結局、あれはあの女が彼と結婚したいがためについた嘘だということに、ようやく気がついたようだ。
彼以外は、誰も信用していなかった嘘を、彼は信じた。
ただそれだけで、私にとっては十分な裏切りだ。
私的なコミュニティーから排除され、徐々に荒んでいく彼の情報に、最初は喜び、そして今はようやく興味をなくしてしまった。
傷は、癒えた。
憎しみも、愛情も、今の彼にはない。
私の態度によほどショックを受けたのか、彼は挨拶もせずに背中を向けて帰っていった。
二人の関係が、ようやく終わったのかもしれない。
再掲示:9.18.2012/3.9.2012
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