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お題配布元→capriccio様
物心ついたころには、母はろくでもない人間だと気がついていた。
親父の仕事が忙しいことを利用して、よその男を引っ張り込んでは俺を外へ追い出す。言うことを聞かなければ、親父にばれない部分に暴力を振るう。
そんなことは日常茶飯事で、愛情に餓えていて、だけれども誰も信用ができない。
そんなかわいげのないガキであった自分が、偶然にもある意味似たような境遇の秋音に出会ったのは、幸いではある。
当時を思い起こしてみれば、そんな母親をもつ俺に近づいてくる子供はおらず、常識のある親であればあるほど、俺と秋音を遠巻きにしていた。本当に優しい人たちは、俺たちのどこか人を近づけない頑なな態度に、また一人二人と離れていった。
それでも近寄ってくるのは、虚栄心を満たしたい親切顔をした連中ばかりだった。
母が、若い男と出奔したことにより離婚した我が家は、曲がりなりにもようやく安定することができた。
誰もいないけれども、追い出されることがない家。
仕事ばかりだけれど、確実に俺の事を心配しているだろう父。
そして、どこかお互いを預けあうような関係である秋音。
それらが揃えば、俺には何も必要がなかったというのに、どういうわけか、親切面した大人の数は増えていった。
皆一様に、俺を母に捨てられたかわいそうな子だと決め付け、母のいない俺には優しくしないといけない、と言い放つ。
鬱陶しさにその手を振り払えば、やはりあんな親の子はだめだと決め付ける。
いつのまにか、自分は随分と擦れた少年になっていて、世の中を斜めに見るかわいげのない人間になっていた。
秋音との関係はその頃も相変わらずで、彼女は彼女でまた家庭の問題を抱えていた。
それを解決してやることはできない。
理解してやることもできない。
ただ、俺らは一緒にいて、一緒に過ごすだけ。
それはただの依存だと言われてしまえば、言い返す言葉すらない。
「高井君、これ」
献身的な雰囲気を醸し出している後輩の女が、上目遣いでこちらを伺う。
差し出された弁当を見下ろし、苛立ち以外の気持ちが見つけられないでいる。
人によっては、うらやましがるような状況下において、そんなことしか思えない自分は、やはりどこか欠陥があるのかもしれない。
自慢げに、俺を特別扱いした、昔の担任教師の顔が浮かぶ。
そして、彼女がこんなことをする動機までも用意に思い当たる。
「悪いけど、他人が作ったもの食べられないから」
さらりと大嘘をつき、拒絶する。
取り付くしまもない俺の物言いに、彼女は一瞬戸惑って、すぐに涙ぐむ。
便利な涙だな、と、思いこそすれ、鬱陶しさに変わりはない。
周囲は、明らかに俺に非難の目を向け、彼女に同情の視線を送る。
どうしたら、自分の好意が全て受け入れられる、などという傲慢な考えになるのかがわからない。
わざとらしくこちらを睨み、彼女の肩を抱く友人とやらは、自分たちの絶対的な正義を信じて疑っていない。
恐らく、友人の誰かが、俺は母親がいないから手料理に餓えている、などと酒の席でもらした情報を手に入れたのだろう。
冷ややかに見下ろし、何も言わずに歩き出す。
背中に、酷い、だなどと呟く言葉がぶつけられる。
固まって便所に行くメンタリティーから、彼女たちは一歩も進んでいないのだろう。
自分たちが正しい、と思い込める幼さと一緒に。
彼女たちに取り繕う気も、言い訳をする気もありはしない。
所詮、俺の人生にかかわりがない連中のことなのだから。
「おまえもなぁ、もう少し言い方ってもんがあるだろ?」
全てをわかった上で友人は、トラブル回避のために提案をしてくれる。
「彼女がいるとか、ほら他にあるだろ?」
「彼女いねーし」
「そんな馬鹿正直に言わなくてもいいだろうに」
秋音の顔が浮かんで消えた。
彼女は、恋人じゃない。
友達でもない。
それを言語化するのはとても難しく、関係性は深まっているのに、俺はそれをきちんとしていない。
先送りにした問題を放り投げ、ぶっきらぼうに友人に答える。
「同情だけはごめんだ」
それだけで通じた彼らは、すでに他の話題に興じていた。
同情はいらない、ただそれだけなのだから。
2.5.2012:再掲示/11.9.2011
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