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お題配布元→capriccio様
結婚とは、単なる契約であり紙切れ一枚のものだ。
身も蓋もなく、そんなことを言い切る人間もいるけれど、私はやっぱりどこか「結婚」というものに憧れがあった。
恋愛して、結婚して、少ししたら子供が生まれて。
あたりまえで暖かくて、優しい時間が私にも手に入るのだと信じて疑ってもいなかった。
だけど、段々遅くなっていく夫の帰宅時間に、私が行った事もないお店のレシート。それらが示すものは至極簡単で、でも気がつかないふりをしていた。夫がいて、子供がいて、家庭があって。それが私にとっては普通のことだから。その普通からすこしでもそれてしまう自分がひどく怖かったから。
幾度目かの彼の浮つきに、目をそらし続けていた私は、いつのまにか耐えられなくなっていた。
「なんだこれ」
私じゃない誰かの香りをまとった夫は、きれいに片付けられたダイニングテーブルをみて語気を強める。
いつもは彼の食器が準備してあるそこには、代わりのように一枚の薄っぺらい紙切れが置いてある。それは私たちが結婚したときに書いたものと同じ形式で、でも意味は正反対だ。
「何をばかな」
そういって、それを丸めてゴミ箱へ捨てる。
泣きもしない私を軽蔑したような視線で見下ろす。だけど、どうして私がこんなことをしたかを聞きもしない。
ばれているはずはない、と私を心底バカにしているのか、ばれていたとしても私がそんなことをするはずがない、と、あなどっているのか。どちらの推測にしても、私にとっては気分がよいものではない。そして、そんな彼の態度を見て、どんどん私を閉じ込めていた何かから解放されていくことがわかる。
「今日、電話があった」
唐突に話題を変えたかのような私に、彼は苛立って乱暴にいすに座る。
わかっていての態度なのか、虚勢を張っての態度なのか。
「彼女、ですって」
枯れ果てた感情が、さらに擦り切れていく。
私は、こんな人でも確かに愛していたのだから。
それから先の夫は、わめいて怒鳴って、そして最後には泣いてすがり付いてきた。お決まりの、「そんなつもりじゃなかった」に至っては、噴出しそうになるのをこらえるのに必死だった。そんなベタな言葉を、自信のかたまりのようなこの人が吐き出すとは思わなかったから。
だけどそんなことよりも、私の中で、彼の変化する顔色に対して、何の感情も抱かないことに驚く。
あんなに大好きで、一緒にいたくていた人だったのに。
結局、始めてみた彼の泣き顔は、私に対してよすがにすらならなかった。
動かない私の感情と、世間体に挟まれた夫。
二人の関係はあっという間に終止符を打った。
誰もいない一人きりの部屋で、私はようやく泣くことができた。
その日、私は本当の意味で、すべてから解放された。
再録:1.21.2012/10.22.2011
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