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お題配布元→capriccio様
私の背が小さいのは、遺伝で生まれつきで私のせいじゃない。
小さい母と、小柄な父と、当然その間に生まれた子供は小さい子供で。
だからこういう扱いを受けるのは昔からで、慣れたわけじゃないけど、諦めが入っている。どれだけ言っても、中身はすっかりひねた大人になったとしても、それが変わってくれないのなら仕方がないじゃないか。
私の頭のてっぺんに肘をのせくつろぐ男は、私にとっては雲のような大男、に成長した隣人だ。
目がくるくるとかわいくて、いつでもどこでもかわいいお嬢さん、と呼ばれた彼は、どういうわけか厳つい男になってしまった。
逆に、皆が皆言葉に詰まって「元気そうなお子さんで」と濁されまくった私は、縦にも横にも成長することなく、小さいまま大人になってしまった。
逞しい背を見せびらかすかのような彼に、やっぱりちょっとだけ母さんを恨む。
そこそこの体格の男を捕獲していたら、私もせめて平均身長に近い背を得られたかもしれないのに。
「やっぱりくつろぐわぁ」
「やかましい。重くて重くて首がこるわ!!!」
私の怒声に、どういうわけか彼は頭をなでることで答える。
これもいつものことで、私の身長を越したずっと昔から、この癖を顧りみてくれることはない。
せっかくまともに櫛を通した髪がみっともなくなるるじゃないか、という私の主張など、ぬいぐるみを撫で回す欲求に比べたら取るに足らないことのようだ。
「やっぱりかわいい」
そんなアホな事を言いながら、ぎゅっと私を抱き上げる。
骨太が、情けなくなるほど何もない脇の肉を圧迫し、あっけなく肋骨やらなにやらへ到達する。
力の加減ができないこの男は、いつもこんなことをして、私に青痣をつけやがる。
さほど痛くはないものの、ビジュアル的には結構くるものがある。
嬉しそうなこいつは、そんなこと知りもしないけど。
気管さえ圧迫され、意識が遠のきかけた頃、第三者の声でようやく私は解放された。
肩で息をしながら、ずりずりと彼から距離をとる私に、情けない声がおいすがる。
だから、私にとっては恐怖の対象でしかないのだと、何度言ったらわかるのか、という思いは、実のところ声になっていない。
私は呼吸を整えるのが精一杯で、彼はおろおろするだけで、一向に態度は改善されない。
何度も彼岸の彼方へ渡りそうになったというのに、隣人という関係である彼との腐れ縁は、細く長く現在でも続いてしまっている。
結局、やっぱり私も嫌じゃないのかもしれない。
でも、痛いのは嫌だけど。
「丁寧に扱え。私はあんたとは違うんだ」
ようやく声になった言葉に、彼は壊れた人形のように首を縦に振る。
それもきっと、今度には忘れてしまうのだろうけど。
「あ、ごめん、紹介忘れたね。この子僕の恋人!」
「は?」
満面の笑みでそう紹介した男の笑顔は、今までに一番良い笑顔だった。
だけど、あまりに脳みそが拒否する言葉を吐いたせいなのか、瞬時にして疑問を口にする。
「や、婚約者かなぁ」
「はぁ?」
私の疑問など関係ない、とばかりにぺらぺらと嬉しそうな世迷言を話し続ける。
私を助けてくれた第三者は、ぽかんと口を開けたまま呆然と彼を見上げている。
よく見ればかわいい顔に、綺麗に塗られた魅惑的な口元と、どうしたらあれほど複雑な色になるのかわからない、目元が印象的な美人さんだ。
恐らく彼の同僚だろう彼女は、きっとこのわけのわからない隣人のことが好きなのだろう。
勉強はできないけど、コミュニケーション能力だけは高い彼は、社会人になってその能力を開花しているらしい、というのは共通の友人の話だ。
彼女も、その仕事ができるこの男に憧れのようなものを抱いていたのだろう。
だからといって、これほどこいつがどうしようもないとは思わなかったに違いない。
かわいそうなものを見るような目で彼女を見ていたら、彼女は引きつった笑顔のままそろそろとあとずさっていった。
「で、式はいつにする?」
「冗談は休み休み言え」
それだけを言い捨て、私はさっさと自宅へと引き上げた。
自分の結婚式の日取りが勝手に決められ、そして我が家のストップ低身長!のスローガンを掲げた母親の罠にひっかるのはまだ少し先の話。
再掲載:7.6.2012/1.6.2012
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