12. 「を」の使い方

Information :
お題配布元→capriccio

「あなたを愛しています?」
「いや、その疑問系はおかしいっていうか、そもそも例文がそれってあり?」

どういう理由でこうなったかを未だに理解していない私は、いつのまにかゼミの留学生の面倒係に任命されれいた。人懐っこそうな彼は、犬属性なのかひたすら人の良い目でこちらを見上げている。正直、ちょっとほだされそうになる犬好きの自分がいる。
母国で勉強してきた、という彼は、ゆっくりとした丁寧で簡単な日本語ならば理解ができる、といったレベルだ。話し言葉を段々と短く、乱暴にしていく傾向にある私たちの日常会話にはついていくことができていない。もっとも、彼のその風貌から、スラングまでも流暢に話されたら驚くだろうけど。
相手を外国人だと認識して、下手な日本語で話しかけるやつはいないのだから、と抵抗はしたものの、どういうわけかさらなる日常に基づいた会話をしたい、という彼の希望でこんなことになってしまった。
教師役と言う名の面倒係を教授が任命するにあたり、逃げ遅れたというのが私が選ばれた最大の理由だ。私以外の連中は器用に指名をさけ、あまつさえ一致団結して私に話がいくようにしてくれた。もっとも、就職活動がまだ先で、卒論が終わった私は一番暇と言えば暇であり、彼らの決定に意義を唱える間もなかったのだけど。
幸いと言えば、目の前の男が、素直な性格をしていることだろう。

「いいと思うよ。多少助詞や発音が違っていたとしても、意味は十分通じるから」

あまりの例文に、思わず汚い言葉を使ってしまった自分を反省し、多少丁寧な言葉で返事をする。
日本語が母国語ではない人に対し、それほど厳密に突っ込む人間はいない、と思うし、彼は専門分野をきちんと説明することができればいいはずだ。専門分野ならば、それ仕様の言語があり、もはやそれを日常の日本語と呼ぶのはあつかましいとさえ言えるほど乖離しているのだから。
だが、それを満足としない彼は、勉強熱心なのだろう。助詞が違う、という私の指摘にぐるぐると考え、ひらめいたかのように答えを口にする。

「あなたは愛しています」
「いやいやいや、どこの自信家だよ、それ」

再びフランクな言葉遣いに戻ったのも仕方がないだろう。自信満々で、私が間違っているのかも、と思わせるような態度な彼にどういう風に説明をしたものか、と思案する。
たった一文字の助詞が変われば主語も述語も変化がないのに、意味が変わってしまう、ということを言語化するのは難しい。
半ば思考を放棄気味でテキストに文句をたれる。よりにもよって、どういう選択をしたらこのような例文となるのか。
本当に、何気なく使っている母国語を、系統立てて学問として説明することはとても難しい。
ベストセラーになった本の日本語の先生のように、打てば響くように文法から語源まで説明できるはずもなく、辞書を片手に覚束ない英語と、実はあやしかった母国語で説明をする。

「そういう、意味なのですか」

納得したのかしていないのか、よくわからないけど、ひどく満足そうな顔をして彼が頷く。
やたら笑顔が眩しくて、ああ、こういうさわやかさは民族の違いか、と痛感させられる。

「では、わたしはあなたを愛しています、でいいのですね」
「いいんじゃない?」

助詞の代わりに、イントネーションを変化させた彼の答えに、彼がどこに納得したのかを確認もせず安易に頷いた。
後日、その本当の意味を知らされ驚愕する。
そして、どうしてあれほど私を彼の教育係に推したのか、周囲の思惑も一緒に。
1.21.2012再録/10.22.2011

Copyright © 2011-2012 Kanzakimiko . All rights reserved.