10. 濡れた睫毛(ひとつとや)

Information :
お題配布元→capriccio

晴香は、こんな表情が似合う。
少しだけ涙に濡れた目元を見て、そんな風に納得する。
ただ彼女が眠いだけだという理由をあくまでも無視して。

「眠いの?」
「・・・・・・うん」

素直に頷いた晴香はクッションの上にその小さな頭をのせ、目を瞑る。
そんな無防備な姿をさらすのも、彼女が僕を安心で安全な「お兄さん」だと思っているからだ。
だけど彼女の濡れた睫毛に何がしかの大人の欲求を覚えてしまう俺は、彼女が思ってくれるような男ではない。
少し病的とも思えるほど白い肌に、呼吸を繰り返すたびに僅かに上下する胸元に、思ってる感情をぶつけたら、きっともうここにはいられない。
だから、俺は彼女の思う綺麗なお兄さんのままでいる。
それは、彼女が大人になるまでのことだと自分に言い聞かせながら。
もうすぐ高校生になるはずの彼女は、同じ年の少女たちと比べると、格段に幼い。
それはいい年をして少女のような彼女の母親から受け継いだ性質なのかもしれないが、晴香は母親に比べて格段にその本質は大人びている。
ふとした瞬間に見せるその素の部分は、老成したそれのようでもあり、慣れているはずの俺すら時折どきりとさせられる。
だから時々、彼女のこの幼げな仕草は、全てフェイクなんじゃないかと思うときがある。
少女のふりをした少女。
それに振り回される自分。
そんな関係も悪くはないと、言い聞かせながら安全な距離に安寧としたままでいる。
彼女に拒否されるのが怖い。
それはいつごろからか覚えた恐怖。
男としての自分を否定されたら?
人間としての自分すら受け入れられなくなったとしたら?
彼女のそばにいられない。
それを思うだけで、俺はこの安全圏から出られなくなる。
乱暴に、手折ればいいというものじゃない。
抜け殻だけの晴香が欲しいわけじゃない。
だから俺は、やはりお兄さんのままでいる。

 晴香はそんな葛藤など知らずに、静かに寝息を立てている。
そんな彼女にタオルケットをかけ、ためいきをつく。
涙をそっと指先で掬い取りながら。


再掲示12.09.2011/update:6.19.2011
ひとつとや

Copyright © 2011 Kanzakimiko . All rights reserved.