01. いつか溢れる(少女と将軍)

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お題配布元→capriccio

 誉れ高き将軍、マグヴァルン・ニラノの従者である少年は、その光景に思わず目を見張った。
あの、よく言えば厳しい、悪く言えば恐ろしい将軍がわずかにその口角をあげたからだ。
彼は機嫌のよしあしにかかわらず、非常に厳つい顔立ちをしている。
おまけに平均よりも飛びぬけて高い身長に、軍人らしい鍛え上げられた体躯は、普通の生活を送っているものからみれば、ただそれだけで脅威である。
勇気をもって彼の人となりを知りさえすれば、その公正で穏やかな性格に気がつくものもいるだろうが、その垣根を越える猛者を従者は生憎とほとんどみたことがなかった。
彼にしても、マグヴァルンに睨まれれば、息をするのも忘れてしまうほどなのだから。
その、マグヴァルンが笑っている。
その変化はあまりにもわずかで、最もそば近くに侍っている彼にしかわからないものだろう。
そして、その厳つい大男の圧力にも負けない小さな子供、にも彼は驚いているのだ。
彼女は英雄の一人シリジェレン・ユリフィルの娘、ティナだ。
むさくるしい男ばかりの騎士団において、とても小さい彼女はまだ性別のわからない雛鳥のような愛らしさをふりまいている。
そんな小さく、かわいい子供が、あの将軍に相対して一歩も引かない、という奇跡はどういうわけだろう。従者は考え、また主の微笑に思考が混乱する。
世辞の一つも言えず、いや、口にしたところで妙齢の婦人が逃げ出しそうな風体の将軍が、雛鳥と僅かとはいえ言葉を交わし、あまつさえ笑顔に。
あっという間に済んだ二人の会話の後も、従者は一日中混乱したままであった。
そして、その光景は一度ではなく、幾度も繰り返されることとなった。
ようやく、従者が二人の姿を当たり前のものとしてとらえ、小さなティナとも普通に会話を交わせるようになったころ、将軍と雛鳥の関係は変化することになった。



「ティナちゃんは元気ですか?」

書類の山を片付け、一息入れるために主へと茶を入れた従者は、何とはなしにその名を口にした。
彼女がシリジェレンが留守の間彼に預けられ、また不幸にしてそのまま保護者がマグヴァルンに交代してしまったことを知っているからだ。
彼にとってティナは、小さな雛鳥であり、守らなくてはいけない弱い対象である。その雛鳥が不幸な目にあい、さらにこの将軍に引き取られているのだから気にしない方がおかしいだろう。
だからこそ、将軍に対して共通の話題として提供したのだが、マグヴァルンの眉間に皺がよる瞬間をみた従者は、動きを止める。

「・・・・・・元気にしている」

主は恐ろしい顔をさらに厳つくし、従者の問いに答える。
久しぶりにみたその形相に、従者は息をするのも忘れる。
ようやく、彼は一息静かに呼吸をし、その会話を終わらせるべく主が飲み干した茶器に新たな茶を注ぐ。

「そ、そうですか。そういえばおいしいお菓子があるっていう話を聞いていたのですが」

従者は、回らぬ頭で当たり障りのない会話を提供する。
意外にも、それに食いついたのはマグヴァルンの方であり、あろうことかその菓子屋の場所を聞き返してきた。

「えっと、あの、詳しくは。あ、明日までには」
「悪い。・・・・・・ティナが好きでな」

再び、あの日みたような笑顔を目撃し、従者は固まり、考える。
この人に、こんな顔をさせるあの子は、いったいどんな子なんだ、と。
僅かな笑みも、すぐさま消し去り、マグヴァルンは仕事に取り掛かる。
それを見て、従者もそれに習い書類を手にする。
二人の日常は静かに、そして日は暮れていった。
マグヴァルンの思いに、従者が気がつくのはまだ少し先の話。


再掲示:9.23.2011/update:12.21.2010
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